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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

一橋世界史1982

過去問 -一橋大学

【1】次の文章はカール・シュミットの『陸と海と』の一節である。これを読んで下記の問いに答えよ。
〔問〕
 中世中期のヨーロッパにおいても著者のいう空間像の変化・空間革命に対応する現象があった。それはどのようなきっかけによるものであったか。またその空間革命の内容をそれ以前の空間意識と対比しながら経済、政治、文化の諸側面について説明せよ(300字以内)。

【2】18世紀から20世紀初頭に至る欧米の歴史のなかから適当な史実を選び、戦争が資本主義経済の展開に及ぼした影響を国際的な視野から説明せよ(300字以内)。

【3】次にかかげる引用文〔A〕、〔B〕は、アダム・スミス『諸国民の富』(あるいは『国富論』)において18世紀後半のアジアについて述べられた部分である。これらの引用文を読み、下記の問い(1)、(2)、(3)に答えよ。(引用文は犬内・松川訳の一部改訳)

〔A〕「(ア)中国人は外国貿易をあまり尊重しない。北京の官吏がロシア公使ドゥ・ランジュ氏(Mr.deLange)にむかい、商業に関していつもこう言っていたことはは、『(イ)貴国がこじきのように乞い求める商業』ということであった。中国人は、日本を除き、自分自身で、しかも自国の船腹によって、ほとんど、否まったく外国貿易を営んでいないし、(ウ)たとえ外国人の船舶の入港をゆるすにしてもその帝国のわずか一、二の港にすぎない。それゆえ、どう見ても(エ)中国における外国貿易は、自国船によるにせよ外国船によるにせよ、もっと自由がゆるされたなら自然に拡張されると思われるよりもはるかに狭隘な範囲に局限されているのである
〔B〕「(ア)同社は、富裕で広大な領域の収入を獲得した。……(イ)税収入は二百万ポンド以上とのことである」……「商人の会社というものは、自分が主権者となってからさえ、主権者としての自覚をもつことができないように思われる。かれらは、商業を……いまだに自分達の主要業務とこころえ、理解に苦しむおろかさで、(ウ)主権者の性格というものは、商人の性格の一付属物にすぎず、商人の性格に奉仕すべきなにものかである、いいかえれば、(坊主権者の性格を行使することによって、自分達はインドでより安価に(産品を)買い、ひいてはヨーロッパでよりよい利潤をあげて売ることができる/のだ、と考えている。」……「これを要するに、……(エ)排他的な会社は、……不幸にもその統治下におかれている国々にとっては破壊的なものである。」

(1)引用文〔A〕の下線(ア)に示された態度にもとづいて、海上貿易を管理するために最初に置かれた役所、設置都市、時代(世紀)を記せ。またそれはどの王朝時代にどのような名称に変わったかについても記せ。(25字以内)
(2)引用文〔A〕につき、下線(イ)、(ウ)、(エ)に留意し、18世紀後半期中国の対外通商関係の特徴を、ロシア、朝鮮、イギリスの各国別に史実に即して述べよ。(125字以内)
(3)引用文〔B〕は、この時期のインドにおける状況を念頭において論じたものである。下線(ア)は、いかなる史実を指しており、その結果として、この会社の性格にいかなる変化が生じたのかを、簡単に説明せよ。さらに、下線(ウ)、(エ)は、具体的にはいかなる事態を指しているのかを、下線(イ)に注目しつつ、この会社の貿易のしくみの変化との関連において述べよ。(150字以内)
………………………………………
(わたしの解答例
【1】きっかけは十字軍・レコンキスタ・東方植民などの初期膨張。経済は以前の古典荘国の閉鎖的空間から中世都市を核とする全欧にまたがる商業空間へ。地中海中心であった商業圏がバルト海北海と内陸をふくむ規模に発展、低地地方・エルベ川以東の開拓もすすむ。政治は封建制の下の分裂とノルマン・マジャール・アラブの侵入という受動的空間から、教皇と皇帝の均衡の下にまとまった積極的空間に変貌した。文化は修道院・宮廷に限定されていた学芸空間が、都市・大学・ゴシック寺院にも広がった。新プラトン主義のキリスト教に「12世紀ルネサンス」が起き、アリストテレス哲学が加わり総合的なスコラ哲学・科学が成立した。

[注:初期膨張とは京大の前川貞治郎という歴史家が、西欧史は膨張史ととり、まず11〜13世紀ら西欧の周辺地域にわずかにキリスト教圏を拡大したことを指し、16世紀以降のいわゆる地理上の発見のことを「本格的膨張」と呼んで、西欧諸国が全世界にでかけて勢力圏を拡大したと主張した説です。]
【2】
ナポレオン戦争はまずイギリスでは戦争中に大陸から穀物が輸入できなくなり穀物価格が暴騰したためエンクロージャーが展開し、戦後に穀物法がしかれた。フランスでは弱小なブルジョアのための国立銀行設立等も含めて保護政策がとられ、大陸封鎖令で広大なヨーロッパ市場が開放された。この戦争はまた大革命の理念を輸出するもので、プロイセンではシュタイン・ハルデンベルクの改革をもたらし、営業の自由、農奴制緩和など、絶対主義国にも資本主義発展の土台を与えた。大陸封鎖令はかえってフランス産業、ロシア農業に打撃を与えたが、合衆国にたいしては米英戦争をもたらし、それが対英経済自立、保護貿易下の資本主義発展をうながした。

【3】
1)市舶司、広州、8世紀、清代に海関。
(2)ロシアにたいしてはキャフタ条約にのっとって国境貿易がおこなわれ、朝鮮にたいしては従来どおりの朝貢貿易、イギリスにたいしては広東一港だけを開き公行にだけ許可した制限貿易であった。マカートニーが求めても変えなかった。
(3)フランスやベンガル土侯軍にたいしてプラッシーの戦いに勝利し、ベンガル・ビハール・オリッサ3州の地税徴収権を得た。ここから会社はしだいに植民地統治機関に変っていった。会社は地税による収入でキャラコ・アヘン・食料・茶などの買いつけをし莫大な収益をあげた。また地税を払わない農民から土地をとりあげた。