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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

一橋世界史1990

過去問 -一橋大学

【1】
 次の文章を読んで、下記の問いに答えよ。

 聖フランチェスコを理解する鍵は、個人としてだけでなく、類としての人間がもつべき謙遜の徳に対する信念である。聖フランチェスコは人間が被造物に対して専制君主として振舞うことを拒否し、神のすべての被造物の民主々義を築こうとした。……いままさに進行しつつある地球の環境の崩壊は、西欧の中世世界に始まる精力的な科学と技術の発展の産物であり、それに対して聖フランチェスコは彼独特の仕方で反抗したのであった。科学と技術の成長は、キリスト教の教義に深く根差している自然に対する態度を無視しては歴史的に理解できないものである。(リン・ホワイト・ジュニア『機械と神』)

(ア)この文章は技術史家リン・ホワイト・ジュニアのものである。著者はキリスト教が科学と技術ならびに自然との関係にどのような結果をもたらしたと考えているのか、説明せよ(200字)。
(イ)聖フランチェスコは既存の教会や社会のあり方に対してどのような態度をとったのか。例文の主旨にこだわらずに答えよ(200字)。

【2】
 17世紀から19世紀のヨーロッパにおいて砂糖と茶の消費習慣が広がったこととヨーロッパ諸国の対外関係とはどのように結びついていたか、史実にそくして具体的に述べよ(400字)。

【3】
 清の支配する領域は18世紀中頃までに大きく広がり、このうち、モンゴルをはじめとする一部の地域は藩部として特色ある統治のもとにおかれた。
(ア)モンゴルのほかに、藩部と称されたのは今日のどの地域にあたるか。また、モンゴル及びこれらの地域が清に征服されていった経緯を記せ(160字)。
(イ)清のモンゴル支配の特徴を述べよ(80字)。
(ウ)清の滅亡からモンゴル人民共和国成立にいたるまでの、外モンゴルのたどった歴史をまとめよ(160字)。


コメント
【1】 
 (ア)世界史の問題とは言いがたいような問題です。「著者はキリスト教が科学と技術ならびに自然との関係にどのような結果をもたらしたと考えているのか」という著者の考えの解説を求められています。引用文しか考える手だてはありません。「科学と技術の成長は、キリスト教の教義に深く根差している自然に対する態度」、すなわち、キリスト教の教義に「人間が被造物に対して専制君主として振舞う」姿勢があるからだというのです。しかし、世界史の教科書からは、「ベーコンとオッカムはともにフランチェスコ修道会に属していた。この修道会は自然に対する実証的な研究を推進し、理性的な認識への道を切りひらいた」(『詳解世界史』)という記事を見つけることができます。なにか変な感じです。ここは我慢してホワイトの考えを解説するほかありません。
(イ)狂問でしょう。「聖フランチェスコは既存の教会や社会のあり方に対してどのような態度をとった」かを解説した教科書はありません。200字くらい書けるひとは日曜学校(それもカトリックの)に通ったことのあるひとくらいでしょうか。教科書ではせいぜい修道会のひとつとして紹介してあるだけですから。
【2】
 時間は「17世紀から19世紀」で、テーマは「ヨーロッパにおいて砂糖と茶の消費習慣が広がったこととヨーロッパ諸国の対外関係とはどのように結びついていたか」です。砂糖は新大陸の征服、プランテーション経営のための奴隷貿易とからんでいます。茶なら中国、銀の流出、茶条例も想起できるでしょうか。なんとかできそうな問題です。
【3】
(ア)二つの問です。「藩部……どの地域にあたるか」と「清に征服されていった経緯」です。順に説明していけばいい易問です。
(イ)間接統治の説明とラマ教にたいする政策が書けたら完璧です。
(ウ)見逃しやすいですが、教科書にかならず説明してある歴史です。
………………………………………

(わたしの解答例)

【1】(ア)神→人間→自然という階層的な見方をもっているため、科学面では自然を物質あるいは機械として人間は観察の対象とし、そこにみられる法則を発見することは神の智恵を見出すことと同義になった。技術的には、自然は人間の生活を豊かにする資材であるとみなし征服・利用することをすすめた。このように人間を自然とは別個の存在とし、人間を自然の上におく見方が自然の生命性を無視し破壊する結果をうんだ。

(イ)繁栄する都市生活と贅沢な暮らしをしている教会幹部を前に、聖書のイエスそのままの簡素な生活をみずからの生き方で示そうとした。教義論争から離れ、教会批判も避けた。そのため乞食の生活を実践する。教会用語としてのラテン語でなく話ことばとしての俗語で聖書の話をわかりやすく説教し、動物・植物・星なども神のあらわれとして人間と平等に愛し、話かけている。ムスリムの世界にも旅行して宣教した。

【2】砂糖は熱帯のプランテーションで生産するため、熱帯のジャングルを切り開いたりサトウキビ採取に多くの労働力を必要とし、それを黒人奴隷にもとめた。17世紀はオランダが大西洋奴隷貿易の覇者であった。それに英仏が挑戦し英蘭戦争・オランダ戦争を展開してオランダを退け、18世紀にはイギリスがフランスを退けて覇者となった。19世紀のラテンアメリカ独立援助も経済的支配のためであった。茶も17世紀半ばから、とくに飲料にめぐまれないイギリスで普及したため茶を獲得するためのインド洋進出がおこなわれた。ケープ・セイロン・マラッカをオランダから奪い、シンガポールを建設、中国にアヘン戦争を挑んだ背景も茶をえるためであった。また新大陸に茶法をだし東インド会社を守ろうとしたのも茶貿易の利を確保するためであった。そのため独立戦争を招き、仏西欄と戦った。しかしインドに植民地経営の重心をうつし、茶をインドにも生産するほどであった。

【3】(ア)青海省、新疆ウイグル自治区、チベット自治区。ホンタイジがチャハル部を平定して内蒙古を領土とし、康煕帝はガルダン汗をうって外蒙古をとり、雍正帝は青海・チベットを、乾隆帝はまず天山の南部=回部をとり、天山の北部=ジュンガル部をうって準部とし、19世紀に南北をあわせて新疆省とした。

(イ)間接統治地域とし従来どおりの社会構造を許し、旧支配者をそのまま地位につかせ自治も認めた。中央から監督官を派遣した。また普及しているラマ教を保護した。

(ウ)辛亥革命を契機として外モンゴルは独立宣言をだした。ラマ僧が中心となり活仏を皇帝とする政府をつくった。だがロシア・中国の双方が政変をくりかえしたため承認はゆれうごいた。ロシアにおける革命干渉戦争の終息とともに、ソ連共産党の支援をうけたグループが1924年活仏を君主としない人民共和国をつくりあげた。