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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

一橋世界史1998

【1】
 つぎのグラフは、イギリス(イングランドおよびウェールズ)とドイツの人口の歴史的変化の推計値を表にしたものである。両国の人口変動を比較して、下記の問いに答えなさい。

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問1 両国の人口変動で最大の違いは何か、またこの違いが生じたのは、両国の政治・社会状況のいかなる違いによるものか、説明しなさい。(200字以内)
問2 16世紀には両国とも人口が増加しているが、その経済的原因について述べなさい。(200字以内)
  
(この問題のコメントは『世界史論述練習帳 new』にコメント)

【2】
 次の文章は、フランスの評論家ダニエル・アレヴィ(1872~1962)によるものです。ここで語られていることをふまえて、1870年から19世紀末に至るまでのフランスの政治状況を、以下の用語を使って説明しなさい。なお、用語を最初に使った箇所には下線を付すこと。(400字)
 「1871年6月--フランス人は何を感じていたのだろうか。彼らの国は国境からサン=ドニやヴァンセンヌに至までドイツ人に占領されていて、傷つけられ辱められた首都には血と煙の臭いがまだ漂っていた。また、リヨン、マルセイユ、トゥールーズ、ボルドー、リモージュ、ペリグーは依然として武装しており、おそらくは新たな一触即発の可能性を抱えていたのである。悲しみ、沈黙、茫然自失の状態がいたる所で支配していた。力によって獲得されたこの秩序を、いかにして定着させ、安定したものにするか。すべてが不確定で移ろいやすく、それが人々の恐怖を生み出していた。そして不安と疲労感の情が混ざり合っていた。」
  ナポレオン3世 ティエール アルザス・ロレーヌ割譲 労働運動 ドレフュス事件
  
(この問題のコメントは『世界史論述練習帳 new』にコメント)

【3】
 下記の問(ア)(イ)に答えなさい。

(ア)17世紀前半、女真族が建てた後金は明軍を破って中国東北を支配し、国号を清と改めた。この清が1644年に北京に都を移してから、さまざまな対抗勢力をおさえて、中国本部の全域に対する支配を確立するまでには、およそ40年を要した。1644年以降における清の中国支配の確立の過程について、簡潔に説明しなさい。(200字以内)
(イ)17世紀以来続いてきた朝鮮と日本、清との外交関係は、19世紀後半に大きく変化した。19世紀後半にどのように変化したのかを、簡潔に説明しなさい。その際、下記の語句を必ず使用し(重複してもよい)、その語句に下線を付すこと。(200字以内)
 藩属国 朝鮮国王 下関条約
  (この問題(イ)は『世界史論述練習帳 new』本文p.48-49に解説・解答例を掲載)


コメント
【1】 
問1 相違点を明らかにすることが要求されています。二つ要求があります。「両国の人口変動で最大の違いは何か」とグラフそのものを見ての違いを書くことと、「この違いが生じたのは、両国の政治・社会状況のいかなる違いによるものか」の歴史的理由。グラフは目立つところを見るのがポイントです。1300~1800年で、ドイツの線がイギリスの3倍くらい高く、かつ波の浮き沈みが大きいこと、イギリスはあまり変動がなく250万人から1800年に近いところで1000万人に、ドイツはそのころ2500万人になっています。後半の理由のところは、問2が「16世紀……増加」をあつかっているので、「減少」しているところの「政治・社会状況」を説明するといいです。とくにドイツはなぜこんなに浮沈がはげしいのか、「政治状況」は帝国の不安定さと戦乱を書けばいいです。「社会状況」の「社会」は曖昧な語句ですが、政治以外のすべてと考えるといいです。経済・文化・その他のしくみです。実際には経済的なもの、とくに三十年戦争による荒廃(その中にハンザ同盟の衰退もあげれます)が適当です。三十年戦争のような国際的介入のない清教徒革命のイギリスを対比します。
問2 「16世紀には両国とも人口が増加しているが、その経済的原因について」という要求だが、18世紀なら人口増加につい書いたものはあっても、16世紀の人口増加について言及した教科書はないし、ましてその経済的原因についてはどこにも書いてない。教科書外の問題。しかし経済史の知っているかぎりの両国の発展的なデータをいれる他に道はない。イギリスなら毛織物工業の発展、囲い込み(エンクロージャー)、ヨーマンなど。ドイツなら、東方植民と東方における輸出向け生産のグーツヘルシャフトなど。200字は過大な要求です。100字でも書きましょう。受験産業の解答はなぜ人口増加の原因なのか訳がわからない解答ばかりなので参考にしないほうがいいです、と偉そうに言っておきます。
 人口問題は、最近あちこちで出題されてきましたが、気候の温暖化と関係しており(つまりは人間も動物なのです)、温暖な世紀というものを覚えておくといいです。10~13、16、18~19世紀がとくに目立っています。世界史的にも膨張的な時代であることが推測できるでしょう。
【2】 「ここで語られていることをふまえて」は文中の1871年という年が、普仏戦争の敗戦というフランスにとって屈辱の年であることを示しています。文章中の「首都には血と煙の臭い」はパリ=コミューンだろうと予想がつきます。この「血と煙の臭い」をずっと引きずっていったのが19世紀後半のフランス史でもあります。「1870年から19世紀末に至るまでのフランスの政治状況」ですから、一橋としては易しい問題です。またヒントになる指定語句も特別詳細なといっていいものは含まれていません。
【3】 (ア)流れの問題です。「1644年以降における清の中国支配の確立の過程について」の「確立」を何時までにするかは、考えないといけませんが、「確立」にふさわしいのは三藩の乱(1673~81年)の鎮圧でしょう。ポイントは4つです。順治帝の北京入城→李自成の反乱鎮圧→三藩の設置→三藩の乱と鄭氏台湾の制圧。
(イ)「変化」の問題です。「朝鮮と日本、清との外交関係は、19世紀後半に大きく変化した。19世紀後半にどのように変化したのか」。「19世紀後半」以前の、17世紀以来の外交関係をまず描き、それとは違う関係を書く、という要求です。どれくらい対照的に「変化」という違いがだせるかが決め手です。たんなる流れの記述にならないように。鍵になるのが清朝と日本との関係です。17世紀以降、日本に鎖国政策があり清朝とは交易関係だけです。それがどう変化するのか?