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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

判る!解ける!書ける!世界史論述-2

参考書

判る!解ける!書ける!世界史論述-2

p.58~59 例題22 宋・明・清朝の皇帝権を強化した政治制度の改変(京大、2003年)。
 「政治制度の改変」という課題で、それを「時代を経るにしたがって強化された」という場合、3王朝の順にこの王朝ではこの点ではこうしたことが次王朝ではこうした、と改変を一貫して追って行かなくてはならない。 
 解答を見ましょう。宋のところに書いてあるのは文治主義・禁軍・殿試です。文治主義ですが、これは唐も五代十国もまったく言及していないので、宋がどう強化したと言えるのか分かりません。安易に文治主義をつかっていますが、これは五代十国の武断政治をあげて初めて活きてくる用語であり、唐も文治主義です。清朝まで中国の王朝は基本的にずっとずっと文治主義です。要らない用語でした。この問題のテーマは長くつづいた中国王朝の政治制度を問題にしているので五代十国のことより、唐とどうちがうかを書かなくてはならないはず。禁軍は軍事制度であり政治制度そのものではありません。中央集権の一貫として書いてあるが、無くてもいいものです。殿試を加えた科挙も政治制度そのものではありません。政治制度が機能するための役人補充制度です。政治制度とは皇帝と官僚の関係、中央官庁の決裁のあり方や地方統治の仕方です。このように宋のところでは政治制度はまったく書いてない、ということになります。下の明朝のところで初めて中央官庁の中書省廃止が出てきますが、宋のときは唐の三省六部はどうなったかを書くべきでした。 
 この中書省がどうなったかまでは書いてないが、より良い解答は教科書にあります。「官僚の人事権を天子がにぎり、旧貴族の復活の道をふさいだ。さらに全国的に行政官の職務権限の分割と行政監察の徹底をはかり、ついに軍事・行政・財政のすべての最終の裁決権を天子一人に集中する君主独裁制を確立した」(『新世界史』)。
 明朝は適切な書き方をしています。
 清朝は軍機処しか書いてないのですが、明朝の内閣をどうしのたか書かないと一貫性がなくなります。「敏速・隠密な対応の必要性から軍機処を設け、数人の大臣に軍務を処理させるようになると、一般政務もここに移り、内閣は形骸化した。(三省堂『詳解世界史』)」というくらいは書けないでしょうか?

p.62~63 例題24 ドイツとイギリスの宗教改革の経緯比較と政治的帰結(一橋、2004年)。 
 これは問題の意味をとりちがえ(「メモ」を見よ)、それがもろに解答にも表れています。この問題を素直に読めば、経緯の比較を求めていることが分かります。しかし「内容をメモ」にはドイツとイギリスを2段に羅列し、右側に帰結を書いています。これは本来、線の左にドイツを右にイギリスをあげて「比較」すべきものでした。
 解答を読んでみてください。比較して2つの国の改革のちがいが分かりましたか?  「帰結」らしいドイツとイギリスの最後の文章はこうです。「ドイツでは、……神聖ローマ帝国にかわって主権国家の形成の主体となった。イギリスでは、……絶対王政の基盤が整備された。」さて? この違いはあるでしょうか? イギリスも宗教改革(教皇から離脱)によって主権国家が強まったと言えるのではないでしょうか? この問題の帰結はドイツは領邦教会ができ(分裂が強固になった)、イギリスは国教会ができた、ということでいいはずです。 
 それより問題文は「経緯」の比較を求めているのですが、たんに独英とも流れ(経緯)を書いているだけです。比較したらしい跡はどこにもありません。経緯の比較はドイツではこうなっていったのが、イギリスでは(ドイツとちがい)こういう展開をした、と書いていくことです。経緯比較という特異な一橋の問題に対応できていません。

p.64~65 例題25 三十年戦争の歴史的意義。 
 説明や解答に問題はないのですが、決定的に欠けたものがあります。戦場になったドイツにかんする記述が少なく、ただ「皇帝権の没落……荒廃」とし後は他の国のことを書いています。マイナスだけ書いて、これで意義でしょうか? 意義はほんらいプラス評価です。ドイツの未来にたいする意義「こんにちはの意義(拙著の用語)」はないのでしょうか? わたしなら最後に「戦争中に常備軍を設立したブランデンブルク=プロイセンとオーストリアは反抗的な貴族や都市をおさえ絶対主義へすすむ。」という解答を追加します。この2つの国(領邦)は戦争の被害が少なく、帝国の中で、これから統一の主導権を争うことになる国々だからです。
 これは三十年戦争についての記事のすぐ後に「三十年戦争後、北ドイツではプロイセンが急速に成長しはじめた。この国は……(詳説世界史)」と教科書にあります。他に、「後ドイツは三百数十にのぼる領邦国家に分裂した。しかも、戦乱のなかで国土の荒廃はこのうえなかった。こうした状況のなかで、ドイツ国内で領土を拡大したブランデンブルク・プロイセンが、勢力をのばすことになるのである。(詳解世界史)」。さらにあげれば、「諸領邦のなかでは,東北隅にあって戦禍をあまり受けなかったプロイセンが急速に台頭してきた。(実教出版の世界史B)」と。 
 先にあげたわたしの解答の「絶対主義」とは「領邦絶対主義」ともいい、神聖ローマ帝国に代って、これから領邦毎に独自の強化を図っていくというときに、このことばをつかいます(岩波の世界歴史講座・第15巻のドイツ領邦国家の中に「三十年戦争と領邦絶対主義の形成」という題の中村賢二郎の論文)。プロイセンやオーストリアなどのいくつかの大領邦で、官僚制的統治組織を領邦の全領土に浸透させ、領邦君主の絶対主義的支配を確立していきます。三十年戦争の結果、近隣の帝国都市も政治的に領邦君主の支配下にはいり、その重商主義政策もあって経済的にも負けていきました。この領邦毎の富国強兵策は啓蒙専制君主のときに、よりはっきり展開します。常備軍・官僚制の拡大・軍隊用語の統一・官僚の全国試験制度などを整えていきました。三十年戦争はこうした絶対主義へのきっかけでした。

p.82~84 例題34 18~19世紀の合衆国とラテンアメリカの対照性。 
 ラテンアメリカと合衆国とを対照的に書けるかどうかがポイントの問題です。解答(p.84)を読んで、どれくらいの「対照的な性格」を探すことができますか? 独立戦争の背景(本国重商主義とフランス革命)、合衆国のジャクソニアン=デモクラシーとラテンアメリカの「民主化が遅れ」という点、「工業が急速に発展」と「モノカルチャー化が進み」というところが対照的です。たださいごの対照性はすでに問題文に書いてあり加点はないでしょう。とすると2つくらいしか対照性が見つけられなかったということになります。他にたくさん考えられるのに。 
 大きな欠点は18世紀のラテンアメリカと合衆国の対照性が書いてないことです。ラテンアメリカの「民主化の遅れ」は「独立後もクリオーリョの支配のため民主化が遅れ」と書いていて「独立」は19世紀前半のことです。このクリオーリョがずっと18世紀以来支配しているため、という意味であるのなら、18世紀の合衆国の民主化はどこに書いてあるのでしょうか? タウンミーティングや植民地議会に言及すべきですが、ありません。  

p.88~89 例題36 イギリス進出によるインドの貿易構造・社会・経済の変質。 
 この問題は阪大の問題(1998年)とよく似ています。以下がその問題です。

 18世紀末から19世紀前半のインドでは、産業構造や貿易構造が大きく変動した。変動の内容とその背景を、18世紀後半以降のヨーロッパ・東アジアとも関連させて、200字程度で説明しなさい。

 指定語句のない点と字数(横浜の問題は300字)、世界的視野がちがいます。ただし時間設定と変化・変質という課題は同じです。このテーマを忘れて、指定語句にしばられる傾向はこの参考書の特徴ですが、これもそうです。 
 「変質」が課題です。解説には書いてありながら、解答には貿易構造の編成換えは「前」がないためハッキリしません。解答に「イギリスの自由貿易体制にインドは編成され、機械製綿布が輸入され……」とありますが、「前」の何が編成されたのでしょうか? キャラコとイギリス毛織物工業の関係はなぜ書かないのでしょう? この関係がイギリスに産業革命をおこしています。 
 またこの貿易の変化の一因に「アヘン」の登場があります。「◆インドは、いかなる貿易構造に編成されたか?」の説明を読んでも、なぜアヘンが登場するのか分からないですね。

p.92~93 例題38 変法運動の位置(京大、1992年)。
 解説では問題のとらえ方はまちがっていないし的確な説明をしていますが、それが解答になると尻すぼみになっています。変法運動が主体の問題なのに解答には「清を立憲化し、科挙・教育制度も含めた本格的な体制変革」と、これだけです。変法の中身がちっぽけです。「日本の明治維新にならい立憲君主制による国政の改革を求め(変法),また商工業の保護育成,官吏任用や教育制度の改革を進めようとした。(山川の新世界史)」「国民教育の普及,国家予算の公表,満州人の特権の廃止などの改革に着手した(東京書籍)」と教科書にあります。  

p.110~112 例題47 第二次世界大戦の戦後ヘの関連(東大、2005年)。 
 これは大戦中の出来事が戦後にどう関連しているかを問うた問題です。戦中と戦後のラインがつながっていなくてはいけない。戦争中の火種は大きくなって炎となり、戦後に火事になった、という風に書くことが求められています。 
 もっともな解説はいいとして、解答(p.112)を見てみます。
 戦争中に発表された「大西洋憲章」という指定語句をつかって国際連合(厳密には戦争末期に成立)ができたのはいいとして、これはすでに導入文に書いてあることであり、これだけではなんの得点にもならないでしょう。導入文に書いてないこと(とくにダンバートン=オークス会議)を入れないと無意味です。
 戦争中のカイロ会談(1943年)と戦後の金日成首相を関連させていますが、まちがいではないものの、朝鮮の南北分断はカイロ会談にはなく、「分断」をさいごに持ってきているのであれば、「戦争中の」金日成の抗日ゲリラ闘争を書かないとつながりません。戦後の米ソの占領から分断にもっていくのは筋違いというものです。戦後史の出来事をもとに戦後史を書いたことになります。 
 指定語句「日本国憲法」について述べるにも原爆で敗戦にもちこみ「占領し、日本国憲法を制定するととともに日米安全保障条約……」と冷戦につなげています。原爆だけで、戦争を放棄させる憲法制定となるのでしょうか? この独特な憲法の由来は戦争そのものの内容(日本の東アジア・東南アジア侵略そのもの、天皇制ファシズム)と関連させないと無意味です。アメリカの科学実験(原爆)と日本国憲法は関連がとくにありません。
 ヨーロッパについても「戦争で疲弊した」だけで戦争中の出来事を言ったことになるのでしょうか? 「疲弊」は出来事? それが指定語句「EEC」につながっています。これで関連ができたのでしょうか? たんに復興のためにEECをつくったのでなく不戦共同体をつくるためでした。17世紀以来つづいたヨーロッパの内戦に終止符を打つためです。 
 冷戦という戦後の対立を言いたいのであれば、指定語句以外の戦争中の出来事もあげることができるのに、この解答にはそれが欠けています。西欧に限っても、レジスタンス運動での共産党の躍進、第二戦線問題(独伊との北アフリカ戦線、ノルマンディー上陸)などです。指定語句にとらわれるこの参考書の癖がここにも現われています。

p.122~123 例題51 イベリア半島の多様な民族と文化の足跡(東大、1999年)。
 問題文の読みの甘さと指定語句に惑わされた姿がここにあります。 
 「問題の要求は?」の(b)イベリア半島におけるヨーロッパやアフリカの諸勢力を具体的に挙げ、その与えた影響に言及する……となっています。このような漠然としたことを書け、とは言っていないことは問題文をよく読めば判ります。「具体的に挙げ」という文章は問題文になく、書いてあるのは「さまざまな民族が訪れ、多様な文化の足跡を残した……このような広い視野」と書いてあります。つまり民族と文化を書くのであり、政治史を書くのではありません。政治史を書かせないのが東大のひとつの傾向ですが、これもその一つです。さまざまな民族が訪れたことを民族名をあげながら書き、また多様なそれらの民族がもたらした文化例をあげていくのが課題です。
 解答例の中に民族名がどれだけあるか数えてみてください。せいぜいゲルマン人、ベルベル人の2民族名しかありません。他は国家・王朝名があげてあります。政治史になりやすい指定語句を与えて民族と文化史を書かせる、という巧妙な出題の仕方にだまされてはいけないのです。 
 文化はどの程度のことを書いていますか? ローマ文化が浸透した……これでローマ文化の足跡を説明したことになる? 東大をなめてますね。 (コルドバ)イスラーム文化の中心……これでいいのか? 下から4行目「アラビア語文献……12世紀ルネサンス」のところだけが唯一、文化の中身について説明した文章で、文化の解答はこれだけです。カルタゴのフェニキア人がもたらした文化はないのでしょうか? イスラーム文化は翻訳だけ? まさか。
 さいごの文章に「半島のカトリック化」とありますが、なにか勘違いしているようです。イスラーム教徒を追放したことをカトリック化というでしょうか? ウマイヤ朝以来のイスラーム教徒の半島支配があっても大半の住民はキリスト教徒でした。西ゴート人は異端アリウス派として半島に入り、587年から正統派(カトリック)に改宗しています。イスラーム王朝の下でキリスト教徒は共存していない?

p.142~143 例題59 中国人移民の移民事情と政治的影響(東大、2002年)。 
 これも指定語句にしばられた例です。下の◆移民問題はねらわれる! のところに「移民を送り出す側の要因(プッシュ要因)」といいながら、この後の解説にも解答にも書いてありません。これは参考書の癖から推理できます。指定語句は中国側のものが少なかったためです。中国側のは海禁・アヘン戦争の2つです。厳密にはこのどちらもプッシュ要因に直接かかわる用語ではありません。なぜ中国人は移民せざるを得なかったのか、の解答にピッタリの語句ではないとういうことです。指定語句は課題を解くための必要充分な条件を満たしていない、ということを再度いわねばなりません。 
 中国側の要因は、人口急増(これはセンター試験にもグラフとともに出ている基本的な知識のはず<1993年度>)、地主制の拡大による農民の没落の進行、そして19世紀前期の欧米列強の中国への侵出(戦争と不平等条約、これは東大の過去問にもあり<1989年度>)などです。  

p.144~145 例題60 中世と近代の農業技術と制度の相違(一橋、1996年)。
 この問題のメインは「相違」がしっかり出せるかどうかです。下の表は3分していますが、これは2分でいいはずです。というのは「基本的相違」というときの「相違」は制度と技術の基本的相違を問うているのであって、これと別に比較のテーマがあるわけではないからです。3段目の基本的な相違は内容からも2段目の「制度的変化」に付随すべきものです。
 1段目の技術の相違を左右に分けていますが、欠陥が見つけられますか? 三圃制度とノーフォーク農法はいいとして、左の三圃制度の下には「重量有輪犁や水車の普及」とあり、それに対応する右の枠には機械に関することが書いてないことです。当然ながら解答にもありません。 
 中世では「農民」ということばが使ってあり、近代では「農業労働者」とありますが、これで相違は判りますか?  中世の「地代荘園」は「資本主義的大農経営」と対応しているはずですが、書いてある順が一致していません。「地代荘園……農村共同体が成立……農村共同体は崩壊……資本主義的大農場経営が確立」と。 
 「基本的相違」にも書いてありませんが、農業で最大の制度問題は土地はだれの所有か、ということです。ここにはそれが明示されていません。とくに中世の土地所有のあり方を書くと明快な答案ができます。全体としてはよくできた答案ですが、こうしたいくつかの点で不明快さが見られます。

p.148~149 例題62 近代奴隷制の特徴・展開(京大、2001年) 
 これは問題が読めなかった実例です。「問題の要求は?」の中にの(b)に「特徴」ということばを拾っていながら、「書くべき内容」の表には「特徴」を表わすところがどこにもありません。特徴は1テーマだけ述べても分からないものです。大阪市の特徴として通天閣のような建物や大阪人の性格はこうだといろいろ並べ立てても、そんな都市は似たものが他にもあるよ、といわれたらおしまいです、大阪市を東京都や京都市と比べて初めて大阪市の特徴は明快に言いえます。つまり近代以前の古代や中世の奴隷制について言及しないかぎり「新しい性格」は出せません。特徴・特色の書き方を知らないのでしょう。なぜわざわざ「近代」と奴隷制にくっつけたのかを問うているのです。古い性格の古代・中世奴隷制をまったく言及しない解答があるのは当然です。

p.152~153 例題64 三十年戦争・フランス革命戦争・第一次世界大戦の助長と抑制(東大、2006年)。 
 河合塾はまちがったことを教えているようです。主権国家であることが戦争を助長したと、表にも、下の◆主権国家間の戦争となったことが、三十年戦争を助長した……と説明しています。解答のおかしさは、「三十年戦争は国益を追求する主権国家間の国際戦争となり……主権国家体制を確立し」と、大人(主権国家)だったのが、戦争の結果、大人になったと解答しています。
 教科書では、「神聖ローマ帝国内に大小の領邦が分立していたドイツでは、主権国家の形成がおくれていた。(『詳説世界史』)」ということを前提に三十年戦争の説明をはじめます。また「神聖ローマ帝国は有名無実化し、ヨーロッパでは主権国家体制が固まった(東京書籍)」とウェストファリア条約の結果として書いています。
 たしかに国際戦争に途中からなるのですが、初めから国際戦争ではありませんでした。帝国内のボヘミアから始まりました。「助長」はなにより戦争の勃発を誘発したものに言及するものです。その上で途中から激しくした理由として助長要因をあげていきます。
 また全体として指定語句にとらわれた狭い乏しい解答になっています。  

p.158~160 例題66 18世紀のフランス・中国の状況と啓蒙思想の歴史的意義(東大、2000年)。
 もっともな解説がついていますが、問題そのものが分からなかったようです。そのことを証明するために解答例(p.160)に題をつけてみるといいです。はたして「啓蒙思想の歴史的意義」という題がつくかどうか? 強調している個人主義・合理主義・自由主義は啓蒙思想の特色といっていいものですが、それをこの問題は問うているのでしょうか? 啓蒙思想とは何かという問いの答にはなります。が、これは歴史的「意義」でしょうか? ちがいます。思想の特色は問われていません(思想史と勘違いしたことは、右の頁に文化史の表をのせていることでも現われています)。「歴史的」とは具体的な史実となって、思想の登場した以降の出来事で示すことです。これが何を意味しているのか分からないようであれば、ロイ・ポーター著『啓蒙主義』(岩波書店)をお読みください。
 意義の解答になっているのは末尾のフランス革命の思想的背景だけです。これだけで主問の「意義」に答えたことになるとは、いくらなんでも貧しすぎます。フランス史だけの意義を問うた問題ではありません。「歴史的意義」とは世界史全体を含んでいます。副次的要求である「18世紀のフランス・中国の状況」と要らない思想の特色で90%埋めてしまいました。言及しなくてもいい資料文に圧倒されたのかもしれません。

p.166~167 例題69 五四文化運動と清代・天安門事件とのかかわり(京大、1997年)。
 この問題を勝手に作りかえた解説・解答がのっています。 
 まず「問題の要求は?」とあるところの(a)清末~現代……とあるのは上にある本文「清代」とはちがっています。このちがいは意図的なものであることは、下の表でも解説でも変法運動と無理に関連づけているところでも分かります。 
 清代と清末という表現のちがいあまりに大きい。京大の中国史の専門家である出題者が、清代と清末をまちがえて使うとは考えられない。約300年つづいた清代に流行した儒学は盛衰はあれ考証学であり、清末は公羊学(あるいは朱子学)ということになり、まるでちがったものになります。五・四運動のときの文化運動は政治的だから、政治的な学問は公羊学だと断定しています。考証学も政治性をもっているのは、経世致用(実用)の主張にもあり、清朝批判は初期(顧炎武・黄宗羲)の特徴です。19世紀の清末には洋務運動をすすめた官僚たちは朱子学者(曾国藩・李鴻章)です。これも流行といえるでしょう。
 だいたいこの問題は出題ミスですから、これを学生に勉強対象として選んだことがまちがいです。五・四運動期のような文化運動は(第二次)天安門事件のときにはないのです。この問題は「文化運動」を主問にしており、第5の現代化として民主化を求めた学生たちは政治運動に主眼をおいており、新たな文学の創造までは志向していないのです。それを無理に結びつけたところに問題自体の筋違いがあるのです。
 また解答例には「大衆・民衆」という不用意な語句が使われています。大衆・民衆とは農民・労働者であり、ほとんどが文盲である時代にかれらにどうして「大衆に新思想が広がり」が可能なのか? また第二次天安門事件のときは圧倒的に学生の運動であったのに「民衆を主体とする民主化運動」と言えるのか疑問です。

(練習問題編) 
p.8 24 十字軍の影響 
p.32 (解答例)さいごの文章の「一方、東方世界との接触によってイスラーム文化は、12世紀ルネサンスを促した」とあるが、これは十字軍の影響ではありません。レコンキスタとノルマン人のシチリア島征服の結果です。

p.9 29 ムガル帝国 (東大、1981年) 
p.33 (解答例)問題文にある「インドの歴史に果たした役割」という問いが分からなかったのか、無視したのか、ムガル帝国最盛期史だと勘違いした解答例です。

p.16 58 ケマルの近代化 (東大、1988年)
p.42 (解答例)受験生と同じで、ケマルの改革の欠陥を記していません。

p.18 71 エジプト5000年史 (東大、2001年) 
p.46 (解答例)5000年の歴史を540字以内で書かなくてはならないとしても、紀元前の3000年分をたった3行分で納めたのはアンバランスです。それに侵入された歴史としては省きすぎ。「海の民」・ヌビア人(クシュ王国)などは不可欠。紀元前の指定語句が少ないためでしょう。またまた指定語句の病い。

p.20 75 銀の16~18世紀世界史(東大、2004年) 
p.48 (解答例)指定語句が16世紀に集中しているため、解答例も16世紀に集中するという避けなくてはならない解答例です。12行分中に8行目までが16世紀です。末尾にあるらしい18世紀がどのあたりなのかアイマイな解答になっています。17世紀はキャラコ・イングランド銀行、18世紀は地丁銀・アヘンに言及できなかったのか?  

 ざっと読んで気がついたところは以上です。
 執筆者のひとりがブログで次のように書いています。

 執筆開始から2年以上,会議につぐ会議で全ての問題を執筆者全員で検討するという極めて非効率な方式で,膨大な労力を費やしてようやく完成した参考書/問題集です。そうした非効率性こそが,内容を担保しているのだと,今は胸を張って言えます。 ……このように書いていることが本当だとしたら、河合塾の講師のレベルが分かるというものです。すべての解答に講師は責任をもってもいるということでしょう。胸を張るのはもっと先にして、お互いにもっと切磋琢磨する必要があると、わたしは思いますが……。 
 またこの参考書をすぐ推薦したHPに「エウレカ!!」(http://eurekajwh.hp.infoseek.co.jp/)があります。このHPの作者は大学生で、さも教師風情ですが、HP自体が偽装といっていいものです。『本番で勝つ!』(文英堂)というまちがいだらけの参考書(1ページおきに必ず間違いが見つかる)を推薦していることでも、視力のなさは明らかです。こんなHPに推薦されないように改訂されることを期待します。

 他者の批判ばかりで自分の解答を出してないではないか、という方に、わたしの解答は出しています。→こちら