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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

東大世界史2016

第1問
 第二次世界大戦後の世界秩序を特徴づけた冷戦は、一般に1989年のマルタ会談やベルリンの壁の崩壊で終結したとされ、それが現代史の分岐点とされることが少なくない。だが、米ソ、欧州以外の地域を見れば、冷戦の終結は必ずしも世界史全体の転換点とは言えないことに気づかされる。米ソ「新冷戦」と呼ばれた時代に、1990年代以降につながる変化が、世界各地で生まれつつあったのである。
 以上のことを踏まえて、1970年代後半から1980年代にかけての、東アジア、中東、中米・南米の政治状況の変化について論じなさい。解答は、解答欄(イ)に20行以内で記述し、必ず次の8つの語句を一度は用いて、その語句に下線を付しなさい。
  アジアニーズ(注) イラン=イスラーム共和国 グレナダ 光州事件 サダム=フセイン シナイ半島 鄧小平 フォークランド紛争
 (注)アジアの新興工業経済地域(NIES)

 

第2問
 国家の経済制度・政策に関する、以下の3つの設問に答えなさい。解答は、解答欄(ロ)を用い、設問ごとに行を改め、冒頭に(1)〜(3)の番号を付して記しなさい。

問(1) 西アジアでは、イスラームの成立以降、国家や社会のかたちに大きな影響を与える、独特の特徴をもつ経済制度が発展した。これらの制度に関する以下の(a)・(b)の問いに、冒頭に(a)・(b)を付して答えなさい。

(a) 10世紀にブワイフ朝が始めた土地・税制度は、同時代に発展した西ヨーロッパの封建制やビザンツ帝国のプロノイア制にも似た特徴をもち、その後のイスラーム諸王朝に受け継がれ、体系化された。この制度の名称を書きなさい。また行を改めて、この制度の特徴について2行以内で説明しなさい。

(b) 16世紀にオスマン帝国が導入した外国人商人に対する制度は、イスラーム法の理念にもとづき、交易の発展をはかることを目的としていた。この制度の名称を書きなさい。また行を改めて、この制度の内容、および後の時代に与えた影響について2行以内で説明しなさい。

問(2) 北インドでは、ティムールの末裔バーブルが、1526年、パーニーパットの戦いでロディ一朝に勝利をおさめた。彼がムガル帝国の基礎を築いたとするならば、第3代のアクバルは、中央集権的な機構を整え、ムガル帝国を実質的に建設した人物であった。以下の(a)・(b)の問いに、冒頭に(a)・(b)を付して答えなさい。

(a) アクバルの時代に整備されたマンサブダール制について2行以内で説明しなさい。

(b) 第6代アウラングゼーブの時代には、ムガル帝国の領土は最大となったが、支配の弱体化も進んだ。この支配の弱体化について2行以内で説明しなさい。

問(3) 17世紀のイングランド(イギリス)およびフランスで実施された経済政策について、それらを推進した人物の名や代表的な法令をあげつつ、当時のオランダの動向と関連づけて4行以内で説明しなさい。

 

第3問
 民衆の支持は、世界史上のあらゆる政治権力にとって、その正当性の重要な要素であった。また、民衆による政治・社会・宗教運動は、様々な地域・時代における歴史変化の決定的な要因ともなった。世界史における民衆に関連する以下の設問(1)〜(10)に答えなさい。解答は、解答欄(ハ)を用い、設問ごとに行を改め、冒頭に(1)〜(10)の番号を付して記しなさい。

問(1) 古代ギリシアの都市国家における民主政は、成年男性市民全員が直接国政に参加する政体であり、アテネにおいて典型的に現れた。紀元前508年、旧来の4部族制を廃止して新たに10部族制を定め、アテネ民主政の基礎を築いた政治家の名前を記しなさい。

問(2) 秦の圧政に対して蜂起し、「王侯将相いずくんぞ種あらんや」ということばを唱えて農民反乱を主導した人物の名前を記しなさい。

問(3) 古代ローマの都市に住む民衆にとって最大の娯楽は、皇帝や有力政治家が催す見世物であった。紀元後80年に完成し、剣闘士競技などが行われた都市ローマ最大の競技施設の名称を記しなさい。

問(4) ドイツに始まった宗教改革は、領主に対する農民蜂起に結びつく場合もあった。農奴制の廃止を要求して1524年に始まったドイツ農民戦争を指導し、処刑された宗教改革者の名前を記しなさい。

問(5) インドでは15世紀以降、イスラーム教の影響を受け、神の前での平等を説く民衆宗教が勃興した。その中で、パンジャーブ地方に王国を建ててイギリス東インド会社と戦った教団が奉じた、ナーナクを祖とする宗教の名称を記しなさい。

問(6) 植民地化が進むインドで1857年に起こり、またたく間に北インドのほぼ全域に広がった大反乱は、旧支配層から民衆に至る幅広い社会階層が参加するものであった。この反乱のきっかけを作り、その主な担い手ともなったインド人傭兵の名称を記しなさい。

問(7) プロイセン=フランス戦争(普仏戦争)に敗れたフランス政府は1871年1月に降伏した。その後結ぼれた仮講和条約に反対し、同年3月、世界史上初めて労働者などの民衆が中心となって作った革命的自治政府の名称を記しなさい。

問(8) 孫文が死去した年に上海で起こった労働争議は、やがて労働者や学生を中心とする、不平等条約の撤廃などを求める反帝国主義運動へと発展した。この運動の名称を記しなさい。

問(9) インドシナにおいてベトナム青年革命同志会を結成して農民運動を指導し、フランス植民地支配に対する抵抗運動の中心となった人物の名前を記しなさい。

問(10) 1989年に中国では学生や市民による民主化要求運動が起こったが、それはソ連のゴルバチョフが中国を訪問していた時期とも重なっていた。そのゴルバチョフが国内改革のために掲げた、「立て直し」を意味するロシア語のスローガンの名称を記しなさい。

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コメント

第1問
 拙著『世界史論述練習帳new』を推薦してくれるのは、うれしいものの「元・駿台講師」と書いていて、わたしは今はそうではないらしいのですが、いつからそうなのか? 駿台・京都校に電話(075-842-1111)して確かめください。今も現役の講師です。
http://mao-24.com/todai-juken-takurou-books-world-history-essay

 今年の課題は「1970年代後半から1980年代にかけての、東アジア、中東、中米・南米の政治状況の変化」を書くのですが、その前に書いてある「以上のことを踏まえて」を条件として課されています。以上とは「米ソ「新冷戦」と呼ばれた時代に、1990年代以降につながる変化が、世界各地で生まれ」ということです。
 先にこの「1990年代以降につながる変化」を把握しておかないと、「1970年代後半から……の変化」が書けません。双方がつながっていることが必要です。この問題は、2005年第1問の「第二次世界大戦と戦後史の関連」を求めたのと似ています。過去問は「戦争中の出来事(火種)→戦後のありかた(火事)」という構成でしたが、2016年度の問題は後半は書かなくてよいものの、示唆する程度でも書いてもまちがいではないでしょう。90年代を踏まえて、70年代後半・80年代の15年間を書くという課題です。
 受験生にとって困難だったのは、この現代史の15年間を学んでいるかどうか、高校でそこまで授業をしていない高校も多かったのではないか(とくにラテンアメリカ現代史、指定語句「グレナダ」は使えるか、古用語集頻度2、新用語集では0)、という点です。またこの年代で想起できる事象を浮かべることができたか、という困難さも加わります。受験生が生まれる少し前の時代です。生きている現時点から30年〜50年前の歴史は歴史でなくニュースだ、事件だ、いやフランス革命以降はニュースだ歴史ではない、という意見もあります。過去問を解いてきた受験生の中には、これが東大の一番難しい問題だったと言っていた学生もいました。確かにわたしもそう思います。「中米・南米」を諦めて、他はがんばってみよう、でもいいでしょう。合格者の答案では「グレナダは使えなかった」書いても合格しています。難化したため、20・20・20の配点にしたようです。 第1問の出来具合が悪いと、このような配点になりやすい。

 まず90年代のことを三つの地域で想起してみましょう。

 東アジア
  中国。江沢民(1993〜2005)の「社会主義市場経済(事実上の資本主義導入)」、香港返還(1997)、マカオ返還(1999)……ここにあるのは、共産党の中国が党独裁を固守しながら社会主義を否定していく、「1989年的傾向」が見られます。19世紀以来の帝国主義の残滓(のこりかす)を示す二つの港湾都市が中国に返還され、脱植民地化の仕上げになっています。
  朝鮮の盧泰愚(ノテウ、1988〜93)は軍人でありながら、「韓国のゴルバチョフ」みたいに、文治主義政治への転換を準備します。南北朝鮮の国連同時加盟(1991)と中韓国交樹立(1992)を果たします。つづく金泳三(1993〜98)で文民政権の誕生となりました。ここにも「1989年的傾向」が見られます。
  台湾の李登輝(1988〜2000)も入れていいでしょう。経済発展と中国・台湾「二国論」の主張は、民族主義の主張でもあり、治安法の廃止・選挙の民主化・総統の独裁化防止策など、やはりこれも「1989年的傾向」が確認できます。

 中東。湾岸戦争(1991)におけるアラブの分裂、スンナ派とシーア派の対立激化、米軍のプレゼンスと対抗する勢力(タリバン、アルカイダ)の台頭、パレスチナ暫定自治協定(1993)……といった事象の全体的傾向はアラブの分裂・内紛・内戦です。東アジアの民主化・経済発展とはちがう様相です。それでもイスラーム世界の一枚岩と見られた地域がはげしく戦うのも、東欧の1898年の変革がユーゴ内戦を呼び込んだように、「1898年的傾向」ととっていいでしょう。

 中米・南米。エルサルバドル内戦(1980〜)は、政府とゲリラの間で停戦合意(1992)。北米自由貿易協定(NAFTA)発足、メキシコがそれに加わる(1994)。南米南部共同市場(メルコスール)発足(1995)。グアテマラで40年以上続いた内戦が終結。ラテンアメリカ共同市場形成を目ざしアンデス共同体発足(1996)……といった現象があります。独裁・共産党政権の崩壊から民主化、地域統合の動きがあります。これも「1898年的傾向」です。

 「1898年的傾向」とはそれまで機能していた社会主義圏、アラブ・イスラーム圏の分解がすすみ、その閉鎖性が破られて国際政治への個々の国が登場し、枠組みの新結成にむかう動きである、と総括できるでしょう。個々の国は、独裁政治から民主政治へ、社会主義から資本主義へという傾向を表しました。前者のタイプは完全には払拭されていませんが、後者への傾斜は止められない情勢です。これは統計的に著したスティーブン・ピンカーの『暴力の人類史』(青土社)の主張に沿った動きです。

 これらの「1990年代以降につながる変化」は以前の「1976年〜90年」にかけて、「世界各地で生まれつつあったのである」と以前の動き、準備的な、予兆的な出来事を記せ、という課題です。

 中国。周恩来・毛沢東の死去は同年(1976)におき、四人組逮捕によって文化大革命は終息します(1976)。毛の神格化運動は終わりました。胡耀邦総書記(1982〜87)の改革開放路線を積極的に推進する動き、鄧小平の四つの現代化(1979)政策、人民公社解体、職業選択の自由拡大、経済特区(1979)の設置があります。しかし第五の現代化=民主化を求めた第2次(六四)天安門事件(1989)がおき、鄧小平(1977〜97)は鎮圧してしまいました。民主化はしない、という点は今も維持されています。むしろ今の習政権は独裁化に向かっています。
 朝鮮。独裁者・朴正熙の暗殺(1979)、受けついだ全斗煥政権(1980〜88)に対する学生たちの光州事件(1980)、盧泰愚の民主化(1988〜93)は上に述べました。経済発展はアジアニーズの一員にしました。
 台湾。上にあげた李登輝の時代が「1990年代」と「1976年〜90年」と重なっています。

 中東。第四次中東戦争が終わり、その後にエジプト=イスラエル平和条約(1979)が結ばれシナイ半島の返還(1982)も果たされました。和解の動きです。イラン=イスラム革命(1979)とシーア派の勢力拡大はアラブ世界を分裂させ、ソ連のアフガニスタン軍事介入(1979)とタリバーン形成、米国が育てたサダムのイラン・イラク戦争の挑戦(1980〜1988)なども分裂を加速させ、原理主義・過激イスラーム主義が台頭する背景となりました。

 中米・南米。米パ間の新パナマ運河条約(1977)で運河返還を約束、アルゼンチンがしかけたフォークランド戦争(1982)の敗北による民政移行があり、ソモサ独裁政権をサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)が打ち倒したニカラグア革命(1979)がおき、それを米国が介入(1988)してつぶし、グレナダ左翼政権成立(1979)と米国の介入(1983)、チリのアジェンデ政権(1970〜73)からピノチェト独裁政権が倒れて(1988)、民政移管(1990)が実現したことは、米国の妨害行為を別にすれば「1989年的傾向」です。

第2問
問(1) 
(a) 「ブワイフ朝が始めた土地・税制度は」はイクター制。「特徴」といってもイクター制とは何かを答えたらいい。軍人に土地所有権を与えず、徴税権を与え、それを俸給の一部とさせる制度です。用語集では「俸給額(アター)にみあう金額を徴収できる土地の管理と徴税権を与えた制度」。

(b) 名称は、カピチュレーション(カピテュレーション)で、内容は、外国人に領内の港で商売する権利。用語集では「領事裁判権、租税免除、身体財産などの安全を保障した一種の治外法権」。
 影響は、西欧が産業革命の商品を投入してきたため、経済的にトルコが従属することになった、という点をあげるといいでしょう。用語集では「オスマン帝国が衰退すると、西欧列強諸国に有利な不平等条約として解釈利用され、侵略への足がかりとされた」。

問(2)
(a) マンサブダール制は、地位・階級にみあった給与を与え、義務として騎兵・騎馬を準備しなくてはならなかった制度です。「ダール」は「持っている者」の意味。用語集では「官僚をマンサブ(位階)で序列をつけ、それぞれのマンサブに応じた騎兵や騎馬の準備を義務づけ、給与を与える制度」。

(b) 「第6代アウラングゼーブの……弱体化」ということなので、彼がイスラーム化を強制したため、離反する地方勢力が伸びて、勢力圏が減少したこと、後継者を巡る争いが頻発したこと、などを挙げます。用語集では「ラージプート族シク教徒マラータ族などの反抗をまねき、戦費の増大で財政は悪化し、帝国の衰退が始まった」。

問(3) 「17世紀の英仏の経済政策……人物の名や代表的な法令をあげつつ、当時のオランダの動向と関連づけて」でした。英国は中継貿易依存の蘭にたいしてクロムウェルが航海法を制定して中継貿易を阻止し、アンボイナ事件の賠償問題も重なり英蘭戦争に発展した、仏は蘭の日常品工業に対してコルベールの下で王立・国立・特権マニュファクチュアを作らせ、奢侈品生産で対抗しました。

第3問
 どれもセンター試験レベルの易問でした。
問(1) 「旧来の4部族制を廃止して新たに10部族制を定め、アテネ民主政の基礎を築いた政治家の名前」ですが、この年「前508年」に独裁者になる可能性のある人物を陶片に書いて投票し、一定数あればアテネ市から追放という陶片追放を決めた人物でもあります。

問(2) 前209年、北のモンゴル高原では冒頓単于が父を殺害して単于となった年でもあります。国内では陳勝蜂起が起きます。

問(3) 「剣闘士競技……競技施設」という観光クイズみたいな問題。

問(4) 「ドイツ農民戦争を指導」者の名。

問(5) 「イスラーム教の影響を受け、神の前での平等を説く民衆宗教が勃興……ナーナクを祖」とヒントが多い。

問(6) 「1857年に起こり……担い手ともなったインド人傭兵の名称」。

問(7) 「世界史上初めて労働者などの民衆が中心となって作った革命的自治政府の名称」。

問(8) 「上海で起こった労働争議……反帝国主義運動へと発展した。この運動の名称」。

問(9) 「ベトナム青年革命同志会を結成して農民運動を指導し、フランス植民地支配に対する抵抗運動の中心となった人物」。

問(10) 「1989年に……ゴルバチョフが国内改革のために掲げた、「立て直し」を意味するロシア語のスローガン」。
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第1問(君の解答)
第2問
問(1)
(a)イクター制
軍人に対して、土地所有権を与えず、俸給にかわって分与地の徴税権を与え、それに応じた軍事奉仕を義務づけた制度。
(b)カピチュレーション
帝国内の外国人に居住の安全や通商の自由を保障したが、領事裁判権、租税免除など治外法権は19世紀に帝国を従属化した。
問(2)
(a)官僚の地位(マンサブ)を階級に分け、その階級にしたがった給与を与え、義務として維持すべき騎兵・騎馬数を定めた。
(b)ジズヤ復活やヒンドゥー寺院破壊などイスラーム化政策をとったため離反され、討伐の遠征費用がかさみ、後継者紛争も加わった。
問(3)
イギリスはクロムウェルが航海法で蘭の中継貿易に打撃を与え、アンボイナ事件の賠償も求めて英蘭戦争を戦い北米植民地を奪った。フランスはコルベールが王立・国立・特権マニュファクチュアをつくり、蘭の日常品に対抗した。オランダ侵略戦争も行った。
第3問
問(1)クレイステネス
問(2)陳勝
問(3)コロッセウム(コロッセオ)
問(4)(トマス=)ミュンツァー
問(5)シク教
問(6)シパーヒー(セポイ)
問(7)パリ=コミューン
問(8)五・三〇運動
問(9)ホー=チ=ミン
問(10)ペレストロイカ