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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

センター世界史・2013年度(3)

センター試験

第3問 世界史上の宗教について述べた次の文章A〜Cを読み、下の問い(問1〜9)に答えよ。(配点25)

A 〔1〕ローマ帝国では、エジプト起源の神イシスの崇拝など、帝国東部に起源を持つ〔2〕宗教が流行した。現トルコ東部にあった都市ドリケの神ユピテル=ドリケヌスの崇拝もそのーつである。ドリケヌス神は、牡牛(おうし)の上に立ち、右手に双斧(そうふ)、左手に稲妻を持ち、ローマ風の鎧(よろい)をまとった姿で表される(下図参照)。ドリケヌス神崇拝は、主に軍人の間に広まり、3世紀前半に最盛期を迎えた。しかし、同世紀半ばにドリケが〔3〕ササン朝ペルシアによって破壊されたことを機に、その威信は大きく損なわれ、衰退していった。

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問1 下線部〔1〕に関連して、ローマ教皇について述べた文として正しいものを、次の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 19 ]

 〔1〕 インノケンティウス3世の時、教皇権は絶頂に達した。

 〔2〕 レオ3世は、フィリップ4世に捕らえられた。

 〔3〕 ウルバヌス2世は、第4回十字軍の派遣を提唱した。

 〔4〕 レオ10世は、贖宥状の販売を禁止した。

 

問1 ローマ教皇について正文選択です。

 〔1〕文句なしの正文。正解。〔2〕フィリップ4世に捕らえられたのは、レオ3世でなくボニファティウス8世(アナーニ事件)。〔3〕ウルバヌス2世は、第4回でなく第1回十字軍の提唱者。第4回はインノケンティウス3世です。〔4〕贖宥状の販売を売り出したのがレオ10世で、禁止を訴えたのがマルティン=ルターでした。

 

問2 下線部〔2〕に関連して、古代ギリシア・ローマ時代の宗教について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを、下の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 20 ]

 a オリンポス12神は、人間と同じ姿を持つものと考えられていた。

 b マ二教は、1世紀にローマ帝国で広まった。

 〔1〕 a─正  b一正

 〔2〕 a─正  b─誤

 〔3〕 a─誤  b一正

 〔4〕 a─誤  b─誤

 

問2 古代ギリシア・ローマ時代の宗教についての正誤問題です。

 aオリンポス12神は人間と同じ姿を持つ、どころか人間以下の淫らな世界の生き物です。bこれは表むきの文面とちがい年代の問題です。マ二教は、3世紀ササン朝が成立する頃にできますから(226年、『ワン』の語呂は「笹で包22む6」)、「1世紀」のローマ帝国に広まるはずはありません。正解は〔2〕。

 

問3 下線部〔3〕の国の歴史について述べた文として正しいものを、次の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 21 ]

 

 〔1〕 アケメネス朝ペルシアを倒して、建国した。

 〔2〕 東方では、ガンジス川までをその領土とした。

 〔3〕 ニハーヴァンドの戦いで、イスラーム勢力(アラブ軍)に敗れた。

 〔4〕 シャープール1世は、ローマ皇帝ネルウァを捕虜とした。

 

問3 ササン朝史です。〔1〕 アケメネス朝からササン朝が成立するまでに、ペルシアはアケメネス朝を倒したアレクサンドロス、その後のセレウコス朝シリア、この王朝から独立したパルティアとつづき、このパルティアを倒してササン朝ができます。〔2〕ガンジス川まで到達したペルシアの帝国はありません。アケメネス朝でもインダス川まで。〔3〕正解(『ワン』の語呂「庭番は、虫64に2さされ」)。〔4〕シャープール1世が捕虜にしたのは、ウァレリアヌス帝です。『各駅』では、「ローマ皇帝ウァレリアヌス (位 253〜260。、ヴァレリアヌスより「ウァ」の方がラテン語発音) をシリアで捕虜にしています。皇帝は死ぬまで奴隷のままであったそうです(>_<)。★シャープールがウァレリアヌスを捕虜→シャワー」と覚え方も。

 

B 2006年、中国の洛陽で、〔4〕唐代の経●(きょうどう、巾+童)が発見された(下図参照)。一般に経●とは、中国の仏教寺院の前庭などに立てられた石柱で、表面には仏教の経文が彫られている。しかし、この新発見の経●には、〔5〕景教の経文と建立の経緯が刻まれていた。それによるとこの経|憧は唐代後半期に洛陽で亡くなった〔6〕ソグド人の婦人のために作られたものである。そこには、婦人の親戚(しんせき)やi各陽にあった景教寺院の僧侶(そうりよ)の名も記されている。この経●から、唐代の洛陽には景教寺院があり、またソグド人の景教徒が居たことが明らかとなった。

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問4 下線部〔4〕の王朝が存続した時期に起こった出来事について述べた次の文a〜cが、年代の古いものから順に正しく配列されているものを、下の〔1〕〜〔6〕のうちから一つ選べ。[ 22 ]

 a タラス河畔の戦いが起こった。

 b キエフ公国が建国された。

 c ウマイヤ朝が成立した。

 〔1〕 a → b → c

 〔2〕 a → c → b

 〔3〕 b → a → c

 〔4〕 b → c → a

 〔5〕 c → a → b

 〔6〕 c → b → a

 

問4 唐が存続した時期に起こった出来事という年代配列問題です。年代は基本的なものばかりですが、正確に確定するには語呂で覚えておくと確実です。aタラス河畔の戦いは751年(『ワン』語呂は「鼻たらすセヴン7来5い1」)、bキエフ公国建国は882年(『ワン』語呂はノヴゴロド国とともに「信子、春86に2母88に2」)、cウマイヤ朝成立は661年(『ワン』語呂は「うまいや、オム6ロン6い1い」)。正解は〔5〕。

 

問5 下線部〔5〕はネストリウス派キリスト教の中国名であるが、この宗派を異端とした公会議として正しいものを、次の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 23 ]

 〔1〕 ニケーア公会議

 〔2〕 エフェソス公会議

 〔3〕 コンスタンツ公会議

 〔4〕 トリエント(トレント)公会議

 

問5 ネストリウス派キリスト教を異端とした公会議名です。

 〔1〕ニケーア公会議はアリウス派を、〔2〕エフェソス公会議はネストリウス派を(正解)、〔3〕コンスタンツ公会議はシスマを解消し、ウィクリフ・フスを異端とし、〔4〕トリエント公会議は新教(ルター・カルヴァン)を異端としました。

 

問6 下線部〔6〕に関連してユーラシア大陸内陸部に存在した国について述べた文として波線部の誤っているものを次の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 24 ]

 〔1〕 バクトリア」は、セレウコス朝から自立したギリシア人が建国した。

 〔2〕 カラ=ハン」朝の下で、トルコ人のイスラーム化が進んだ。

 〔3〕 アフガニスタンで成立したブワイフ朝」はインドへの侵入を繰り返した。

 〔4〕 ブハラ=ハン」国は、19世紀にロシアの支配下に入った。

 

問6 ソグド人に関連してユーラシア大陸内陸部に存在した国の正誤問題。

 〔1〕バクトリアが、セレウコス朝から自立したギリシア人が建国したのは前250年頃でした。同じ頃、パルティア王国も独立しています。〔2〕カラ=ハン朝の下で、トルコ人のイスラーム化が進んだため、中央アジアはトルキスタン(トルコ人の住む地)とも言うようになります。〔3〕ブワイフ朝はイランで成立してからバグダードに入城します。「インドへの侵入を繰り返した」もまちがい。これが正解。〔4〕ブハラ=ハン国は、19世紀にロシアの支配下に入り、ヒヴァ=ハン国、コーカンド=ハン国という順で保護下に入りました。

 

C エジプトでは、第3次中東戦争の敗北後、ナセルが推進してきた世俗的なアラブ民族主義や社会主義が後退し、国民の間で⑦イスラーム教」が見直されるようになった。さらにサダトが大統領に就任するとイスラーム国家の建設を目指すムスリム同胞団を容認したためそれまで弾圧されてきた同胞団の活動が活発化した。また人々の〔8〕宗教意識も高まり、金曜礼拝への参加者やヴェールを着用する女性が増加した。こうして1970年代以降のエジプトでは、イスラーム教が〔9〕政治や社会に一層強い影響力を持つようになったのである。

 

問7 下線部〔7〕の宗教について述べた次の文aとbの正誤の組合せとして正しいものを、下の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 25 ]

 a 『コーラン(クルアーン)』はイスラーム教の聖典である。

 b ムハンマドは、メッカにヒジュラ(聖遷)を行った。

 〔1〕 a─正  b─正

 〔2〕 a─正  b─誤

 〔3〕 a─誤  b─正

 〔4〕 a─誤  b─誤

 

問7 イスラーム教正誤問題です。a『コーラン(クルアーン)』はイスラーム教の聖典である……問題ない文章。bムハンマドは、メッカにヒジュラ(聖遷)を行った。……「ジュラ」は「メッカに」でなく、メッカからメディナに移ること。正解は〔2〕。

 

問8 線部〔8〕に関連して19世紀にパン=イスラーム主義(汎イスラーム主義)を唱えた人物の名として正しいものを、次の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 26 ]

 〔1〕 アフガーニー

 〔2〕 イブン=ルシユド

 〔3〕 アラファト

 〔4〕 シャー=ジャハーン

 

問8 19世紀にパン=イスラーム主義を唱えた人物名。〔1〕アフガーニーが正解。〔2〕イブン=ルシユドは医師で『医学典範』の著者。『各駅』に「★イブン=シーナーの医学典範→イシ(医師)の医学典範」と覚え方が書いてあります。〔3〕アラファトはパレスチナ解放機構の議長でした。〔4〕シャー=ジャハーンは「シャー」が付くようにイラン(ペルシア)語を公用語としているムガル帝国5代目、タージ=マハル廟を建てました。

 

問9 下線部〔9〕に関連して、政治権力と宗教との関係について述べた文として正しいものを、次の〔1〕〜〔4〕のうちから一つ選べ。[ 27 ]

 〔1〕 ウラディミル1世は、ユダヤ教を国教とした。

 〔2〕 サファヴィ一朝は、スンナ派を国教とした。

 〔3〕 ディオクレティアヌス帝は、バーブ教を迫害した。

 〔4〕 アショーカ王は、仏教に帰依した。

 

問9 政治権力と宗教との関係の正誤問題。〔1〕キエフ公ウラディミル1世が国教としたのはユダヤ教でなくギリシア正教。ビザンツ皇帝バシレイオス2世が洗礼の父となりました。〔2〕サファヴィ一朝は、スンナ派でなくシーア派を国教とした。王朝に「フ」が付いたらシーア派。『各駅』に「★「フ」の付く王朝はシーア派:ブワイフ朝・ファーティマ朝・サファヴィー朝・パフレヴィー朝」と覚え方あり。〔3〕ディオクレティアヌス帝は、イラン(ペルシア)のシーア派系の新興宗教バーブ教でなく、キリスト教を迫害しました。〔4〕正解。

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