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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

一橋世界史1993

【1】
 教皇権が絶頂に達したのは、第4回十字軍をおこした教皇の時代といわれる。この教皇は東方だけでなく、ヨーロッパの内部にも十字軍を送っている。いわゆる異端討伐の十字軍である。これは、宗教と政治の双方においてともに重大な歴史的結果を生み出した。この十字軍の名称とそれを最初に主唱した教皇名を明らかにしつつ、その過程と結果を下記の語を用いて説明せよ(400字)。

 カタリ派 ドミニコ修道会 ルイ9世

【2】
 次の文章を読んで、下の問いに答えなさい。

 …しかし、100年後のこんにち、黒人はいまだに自由ではない。100年後のこんにち、黒人は人種隔離という手錠と人種差別という鉄鎖に痛ましくも繋がれている。100年後のこんにち、黒人は広大な物質的繁栄のただ中に浮かぶ貧困という孤島で暮らしている。100年後のこんにち、黒人はいまだにアメリカ社会の片隅で暗澹とした日々を送っており、自分の国にいるのに流浪の身のように感じている。
 我々は、今日、この恥ずべき状況を白日の下にさらけ出すためにここに集まった。ある意味で我々は、小切手を換金するためにこの首都に来たのだ。わが共和国の設計者たちが、憲法と独立宣言を格調高く書いた時点で、彼らは、全てのアメリカ人に振り出される約束手形にサインしたのだ。この手形は、全ての人に、そう、白人だけでなく黒人にも、生命、自由、幸福の追求という譲渡できない権利を保障することを約束したものである。…(Martin.L.King、Jr.“I have a dream”Speechより)

問 アメリカ合衆国の歴史の中で黒人はどのような立場にあったか、この演説内容を史実に即して説明しなさい(400字)。

【3】
 下記の問いに答えよ。

(ア) 現在、中央アジアは民族・宗教紛争に揺れ動いている。ところで、9世紀から12世紀にかけて、西アジア東方、南アジア北方を含む内陸アジアにおいて、今日の政治情勢と深く関係する一つの注目すべき現象が展開した。それはどのような現象なのか、当時の政治史を追いつつ解説せよ(200字)。

(イ) 清帝国の周辺にはいくつかの朝貢国・藩属国が存在し、外圧にたいする緩衝地帯の役割をはたしていた。19世紀後半には、“西からの衝撃”によってこれら周辺諸国がつぎつぎに清帝国の統制を離れていった。そのような変化を示す具体的事例について、下記の語を用いて説明せよ(200字)。

 黒旗軍 ユエ条約 李鴻章


コメント
【1】 
 狂問です。「異端討伐の十字軍である。これは、宗教と政治の双方においてともに重大な歴史的結果を生み出した。この十字軍の名称とそれを最初に主唱した教皇名を明らかにしつつ、その過程と結果を下記の語を用いて説明せよ」と。400字で書くだけのデータが学生にありません。『詳説世界史』では句読点を含めて97字、『詳解世界史』では35字で、これに注がついており、注は句読点を含んで73字です。400字書けるだけの勉強をしてこい、ということであれば、教科書を学習しおえるのにどれだけの時間が必要でしょうか? ここはあきらめて100字ちかくでも書いてみる、と覚悟しましょう。どうにしろ他の学生も書いてないわけで、たんに出題者の非常識を明らかにするだけの意味しかない問題です。
 なお
、アルビジョワ派に関する面白い小説は帚木蓮生(ははきぎほうせい)著『聖灰の暗号』(新潮文庫)です。
【2】 
 「100年後のこんにち、黒人はいまだに自由ではない……生命、自由、幸福の追求という譲渡できない権利を保障することを約束した」ということを「史実に即して説明」することが求められています。「生命、自由、幸福の追求」は独立宣言のはじめに書いてあるロックの思想ですから、独立革命以来の200年間の黒人史です。教科書にデータが豊富にある易問です。しかし君のあたまに豊富にあるかどうか……。タテに主な年代を書き、合衆国の主な歴史をメモしてから思いだしてみると、次々と……意外とあるじゃん、ということになるといいのですが。
【3】
(ア)時間が「9世紀から12世紀」、テーマの地域が「西アジア東方、南アジア北方を含む内陸アジア」、テーマの内容は「今日の政治情勢と深く関係する一つの注目すべき現象が展開した。それはどのような現象なのか、当時の政治史を追いつつ解説せよ」。過去問を解いてみるものにとっては「今日の政治情勢」が過去になっているので判りづらい点があります。当時は新聞紙上に頻繁にのっていたので、当時の受験生にはすぐ予想できました。ソ連のアフガニスタン軍事介入(1979年)と撤退(1988年)、その後のアフガニスタン内戦です。ソ連撤退後は無政府状態に陥り、ゲリラ同志の抗争がつづいています。それはそれとして、ここはもっと過去の問題です。
 「内陸アジア」はアフガニスタンだけではありません。アム川とシル川に囲まれた、現在のウズベキスタンも含んでいます。9世紀といえばイスラム王朝はアッバース朝の衰退期、トルコ人ウイグル族の西走(840)からはじまるトルコ人移動期と重なっています。また西方のイランでもイラン人の独立期でもあり、イラン人王朝のターヒル朝・サッファール朝・サーマン朝・ブワイフ朝と4王朝が興亡しています。インドに侵入する王朝としてのガズナ朝・ゴール朝の時期だというのも想起できるでしょう。つまり、現在、種々のゲリラが興亡しているように多くの民族が行き交う時期でもあったということです。
(イ)「周辺諸国がつぎつぎに清帝国の統制を離れていった。そのような変化を示す具体的事例」とあるが、指定語句が「黒旗軍 ユエ条約 李鴻章」とあればヴェトナムをとる他はないですね。「黒旗軍」は少々細かいが『詳説世界史』にも『詳解世界史』にものっています。字数的には教科書に充分のデータがある問題です。
………………………………………
(わたしの解答例)
【1】
アルビジョワ十字軍で、教皇はインノケンティウス3世。過程の初めはカタリ派の一派であるアルビジョワ派が南仏に浸透し、これを南仏の諸侯たちが保護した。この派は教会の腐敗、教会の組織やヒエラルヒーについも批判を強めていた。これを許せなかった教皇は仏王を派遣して討伐にあたらせた。シモン=ド=モンフォール、ルイ9世などが指導し、異端審問ではドミニコ派が活動した。西南部諸市が陥落して撲滅に成功した。政治的重要性は、南仏にフランス王権が及び、小領主にすぎなかったカペー家が領域拡大に寄与したこと、教皇にとって大きな異端勢力を倒して宗教界の安定に寄与したことがあげられる。宗教的重要性は、以後異端の動きはなくなったこと、ドミニコ派が大きな修道会として発展し、異端審問に活躍するようになったことがあげられる。また教皇は庶民の教会批判を托鉢修道会として認可し、批判者たちを取り込むことに成功した。

【2】万人平等の理念をかかげた独立宣言に黒人奴隷解放の文面はなく、タバコ生産を中心に奴隷制のプランテーションが発展した。南部の棉花栽培の発展とともに奴隷制も広がった。しかし独立戦争中に奴隷制を廃止した北部自由州では、南部の奴隷制拡大に批判的で、ミズーリ協定の妥協やカンサス・ネブラスカ法に反対し、ストウ夫人も反対運動をもりあげた。南北戦争は北部の勝利となり、修正13条で奴隷制は廃止された。さらに解放黒人に公民権・投票権があたえられた。しかし、解放された黒人は手に職もなく、シェアクロッパーとして苦しい生活をおくった。さらに南部諸州は1890年ころから黒人の公民権・投票権を制限した。KKKなどの秘密結社は非合法手段で黒人に対し暴行をおこなった。第二次大戦・ヴェトナム戦争に多くの黒人が従軍したことは、戦後黒人の政治意識を高め、60年代ワシントン大行進やボイコット運動を展開し64年の公民権法の制定を勝ちとった。

【3】(ア)9世紀にはトルコ系のウイグル族がここに西走してきており、10世紀にはここにカラ=ハン朝を設立した。また11世紀にはここを起点にしてセルジューク=トルコ朝が西アジア一帯に広がっていった。西方のイラン人は9世紀にサーマン朝を築き、後からきたカラ=ハン朝に破れた。この内陸アジアの南部アフガニスタンに成立したガズナ朝は、11世紀はじめから、また12世紀にガズナ朝に代わったゴール朝がインドへの侵入をくりかえした。

(イ)阮朝越南国は清朝の属国の位置にあった。そこへナポレオン3世の軍事介入、すなわち仏越戦争がおこり、フランスはサイゴン条約を結んで南部を獲得した。カンボジアを保護国化したフランスは、その後も仏越戦争を敢行し北部・中部を占領し、ユエ条約により保護国化した。農民を中心とする黒旗軍はねばり強い抵抗を続け、清朝も清仏戦争を戦ったが、清軍は敗れ、李鴻章を派遣して天津条約を結びヴェトナムにたいする宗主権を放棄した。