世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

世界史論述問題集─45か条の論題

『世界史論述問題集─45か条の論題』駿台文庫

○長所
 1 解答の信頼性
 論述に関する参考書であれ、ネットに公表されている解答であれ、信頼のできる解答は少ないものですが、これは解答内容がしっかりしていて、問いにたいして実に正確な解答をあげている珍しい本です。一部おかしな解答もあるものの非常に少ない、といっていいでしょう。
 2 筑波大学向き
 類題としてあげてあるもので、もっとも多いのは筑波大です。つぎが千葉大という順であるように、これらの大学の志望者には適切な参考書です。つまり、後述するように内容が流れの問題に終始しているため、こういうタイプの歴史の断面をほぼ教科書どおりに切り取ったような説明文を書かせることが、傾向として多い大学だからです。赤帯に書いてある「東大・一橋・京大などの論述問題をこの一冊で克服」は無理で、これらの大学にもっとも向いていない参考書です。ただ筑波大がすべて流れの問題かというと、そうではないことは、このホームページの筑波大の過去問を見たら判明します。「太平天国とマフディーの乱の共通点(2002)」、「ローマ教皇に対するカール大帝とナポレオンの態度の差(2003)」のように比較を求める問題も出していて、こういう問題を無視するのなら、という意味で筑波大にふさわしい。
 3 コラムが面白い
 論述の参考書としてこれは良いことかどうかは別として、面白いエピソードが書いてあります。

●短所
 1 入試問題が1問もない
 入試問題は1問ものせていない。そっくりさんはいくつかあり、p.30の問題もそうした例ですが、これとて指定語句が元の問題には8個あったのに6個に減らしています。できるだけ広くどの大学にも該当する問題集にしようとの善意かも知れません。しかしこれは逆の面ももちます。ありのままの問題ではないことは、その問題のもっている癖・嫌味・難点をはずしてしまい、容易な、悪くいえば安易な問題にしてしまうことです。受験場でであう問題そのものに取り組むことにならないのは、受験勉強としてふさわしいのか疑問がでてきます。
 2 骨抜きであること
 上に書いたことと関連しますが、本番の問題が1問もないということは、実際の問題のもっている一番肝心な問題の核といっていいところが欠けていることです。点差の開くはずの、問題の骨、トゲを取り払っています。本の題名から推測できるように、テーマを45題にして、それに関連する問題をつくって解説しています。基本的な前提は知識があれば解けるはずということでしょう。解説は問題のテーマを説明することで終始しているように、どう問題に取り組むのか、という姿勢に関することは書いてありません。
 3 流れの問題ばかり
 この参考書には「取り組む」という程の問題がほとんどありません。論理的な問題(比較・特色)は2問しかなく、後はすべて経過・経緯・展開という流れの問題に還元してしまっています。右頁にあげてある解説用の図は地図か年表であり、解説の本文が語句説明に費やされている構成からも、これが知識注入的な参考書であることを示しています。いや知識がなくては論述問題は解けないのだ、とはいえます。しかし上記の3大学を受験する学生は知識は豊富にもっていて、それを使ってどう構成するかに迷っているのです。そこを教えるものでないと論述の参考書として、物足りないことになります。知識注入に目的をもっているのであれば、これは45か条ではなく95か条あればよかった。
 4 方法論がない
 この問題集のどこにも比較を課題にされたらどう書くのか、という説明がありません。それは意義であれ、影響であれ、関連であれ、どのように書くのか、という問いに答えるつもりはありません。テーマの説明が主眼ですから。同じタイプの参考書の『テーマ35』よりはだいぶ良い参考書ですが、テーマはテーマ以上には出ないのです。テーマで説明するという論述の参考書は昔からあり、最近出版されたばかりなのに、スタイルは、いやに旧式なものです。これだったら「青本・東大文系」の世界史の解説(大岡俊明)と解答をそのまま集めて本にした方がよっぽど良かったのではないかと思えます。

 以上書いてきたことを本文で検証してみます。
 まず解答で疑問に思うものをあげます。君は以下の意見を鵜呑みにしないでどう思いますか?

p.10の1~4世紀キリスト教が国教になるまでの経緯、という問題に対して
p.13の解答には、「……64年にはネロが迫害を行ない、303年からディオクレティアヌス帝が最後の迫害……」と書いているように2~3世紀に関することがスッポリ抜けています。その後の「カタコンベで信仰を保持」がいくらか、この時期のことを示唆しているのですが、解答は1世紀と4世紀に集中しています。そうすると4世紀にわたるキリスト教史にはならず、流れにさえならないことです。この2~3世紀に何があったかを書くことが、この問題の核なのです。きみは2~3世紀に何があったか浮かびますか? もし拙著『世界史論述練習帳 new』(パレード)をもっていたら、類問(京大1999)があり、p.38-39に解説と解答があげてありますから、この参考書の解答と比べてみてください。この『45か条』には解説でも2~3世紀のことをまったく言及していません。気がつかなかったのでしょう。経過(流れ)を書くときの取り組み方はどうするか学んでほしいものです。

p.30のイベリア半島の民族と文化の足跡にかんする問題の解答について
p.33にあげてある解答には文化に関することは、「ラテン文化が伝わり、続いてキリスト教が流入……トレドを中心にアラビア語の文献の翻訳活動を進め、イスラーム文化の摂取に努めた」だけです。初めと末尾にあげてあるだけで充分でしょうか? 『練習帳 new』p.40~42に取り組み方と解答例があげてありますから比べてみてください。

p.78の鉄製農具の中国にあたえた社会・経済の変化という問題に、
p.81の解答には変化した結果のこと、後のことは書いてありますが、変化する前のことにはまったく言及していないため、何から何に「変化」したのか分かりません。類題として京大と名大をあげていますが、これは東大の過去問にもあります(1991)。そこでも類似の変化が問われました。『練習帳』のp.45~47にこの問題について解き方・解答をあげていますから比べてみてください。
 他には誤字もありますが、これは次版で直せばいいでしょう。

 次に、骨抜き問題とはどういうものか示します。
 p.18 叙任権闘争の問題がほぼ一橋の実際の問題と似た文章で出ています。ただ導入文では書いてあっても問題そのものには、宗教改革とフランス革命のことは省いて「この聖職叙任権闘争の経緯と意義について」と問う問題に修正しています。実際の問題は「この争乱の概要を記し、また、それがいかなる意味で、ヨーロッパ史上、宗教改革、フランス大革命に匹敵するような大変革であったと言いうるのかを説明せよ。」という問題文でした。すると学生がいちばん苦労する、「宗教改革、フランス大革命に匹敵するような大変革であったと言いうるのかを説明」という点は説明する必要がなくなります。叙任権闘争なら何とか説明できそうです。しかし他の2つのできごとにも関連させて説明するのが難しい問題でした。『45か条』はこのトゲを抜いています。p.21の解答には意義も末尾にちょこっと書いてあるだけで、これで意義になっているかなあ、と疑問がでてくるものです。95%は経緯を書いています。

p.38 のルターと宗教改革の問題は、かんたん過ぎて、これでは一橋で出た「ドイツとイギリスそれぞれにおける宗教改革の経緯を比較し、その政治的帰結について述べなさい。(2004)」のような比較の問題にどう答えたらいいか受験生は困ります。

p.54 に合衆国の対外進出の経緯を書かせる問題が出ています。p.57には類題として東大の「18~19世紀のアメリカとラテンアメリカの関係」というのをあげています。東大の実際の問題は、「18世紀から19世紀末までのアメリカ合衆国とラテンアメリカ諸国の歴史について、その対照的な性格に留意しつつ、ヨーロッパ諸国との関係や、合衆国とラテンアメリカ諸国との相互関係のあり方の変化を中心に(1989)」というものです。ここには学生にとって困難な「18世紀から」と「対照的な性格」という課題があります。この『45か条』ではこんなことは一切気にしなくていい易しい問題です。類題としてあげてありながら、まるで難度がちがいます。

p.62には「ナチスが独裁体制を築くまでの経緯」を書かせる問題がでています。p.65には類題として京大の問題をあげています。しかし京大の実際の問題は、「イタリアとドイツでは、ファシスト党とナチスがそれそれ一党独裁を実現し、ファシズムと呼ばれる全体主義国家体制を樹立した。このような国家体制が両国において成立した理由について、19世紀後半の国家統一以来の両国の歴史を視野におさめながら(1998)」という問題でした。19~20世紀の歴史をふまえて独伊ファシズムの共通点を書かせる、という壮大な課題です。『45か条』の問題とは比べものにならないくらい思考の必要な問題でした。

p.98に「チンギス=ハン没後の帝国の発展・分裂の経緯と、この時代におけるユーラシアの東西間での人の交流」という問題がのっています。類題の東大の実際の問題は、「モンゴル帝国の各地域への拡大過程とそこにみられた衝突と融合について、宗教・民族・文化などに注目しながら論ぜよ。(1994)」でした。「衝突と融合」という主テーマがあり、これを「宗教・民族・文化」と分野分けが課せられています。たんなる東西交流ではない難度の高い問題です。この3つの分野を衝突・融合と2つのテーマ毎に、つまり3×2で合計6個の解答をつくってみてください。意外と難しいですよ。『45か条』の問題なら、人の交流だけで済む容易な問題です。ポーロ、コルヴィーノ、バットゥータ……PCB……。

 しつこいので、これで止めにします。こういうことは、後のページにもみることができますから、確かめてみたい方は、p.113、p.133、p.141、p.145、p.157、p.161、p.165、p.169、p.173、p.181にのっている類題を実際の問題で確かめてみてください。

 なぜこういう骨抜きの甘ったるい問題に還元してしまったのか、という理由を考えると、筆者たちはあまり添削をしていないのではないか、という推理です。学生の答案がいかに問題をすなおに読めず、本題からはずれた空振り答案を書いてくるかに直面する、という予備校講師としてはもっともやらねばならないことが欠けているのではないか。学生の問題点を自己の問題として取り組む姿勢を期待したいものです。
 「九十五ヶ条の論題」にヒントを得ているなら、『青年ルター』(みすず書房)で自我の危機を克服する姿をルターの生涯から学び、「アイデンティティ」という概念を提唱したエリクソンように、受験生の危機を自己のものとする姿勢がほしいものです。──あいかわらず生意気なことを書きました。

 他者の批判ばかりで自分の解答を出してないではないか、という方に、わたしの解答は出しています。→こちら