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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

東大入試で遊ぶ教養──世界史編

参考書 -東京大学

佐々木哲著『東大入試で遊ぶ教養──世界史編』長崎出版

 この本を実はわたしは持っていない。ただ買わなくても内容が以下のブログ「佐々木学校」で分かるからです。

http://blog.sasakitoru.com/theme/863e900e9c.html 

 本の紹介記事には、「読むだけで東大合格のレベルまで知識と教養を引き上げる」をコンセプトに東大の入試問題の中から良問を厳選し、受験生はもとより社会人読者にも理解できるよう興味深く丁寧に解説。ちょっと深く考える“東大力”をつけ、通り一偏の雑学では知ることができない歴史の面白さを伝えてくれる画期的な一作──と宣伝文句は勇ましいですね。
 またまた東大「力」ですか。そろそろ食傷気味ではありませんか、そんなに「力」まなくても……。
 「教養」という題がついていますが、解説を読んでみても特別な知見はなく「教養」という名にどれだけふさわしいのか首がまがります。
 中身は「キーワード」の説明を中心に解説しているのですが、キーワードといっても指定語句のことをこのように言い換えているだけで、「キー」は指定語句以外にあるはずですが、それを見つけてきた訳でもない。
 『東大合格への世界史』の方がまだ真剣に文章にこだわって取り組んだ、といっていいものですが、この本はたんにじぶんの世界史の知識、それもごく普通の知識にすぎないものを披露して「教養」といっているのです。じぶんに教養があり他のひとにはない、と錯覚しているのでしょう。
 わたしのまわりにも、世界史の知識はおまえっらと問題ならないくらいワシにはある、ワシのつくった問題と解説はテメエーら講師たちのためだ、よく読んでおけ、と託宣をくだされた御仁がいました。たしかにその分野ではご専門とのこと。心待ちにして、そのご提出された原稿内容のすごさ。あまりの poor さに講師一同感服したことがございました。まるでソクラテスさまのようでございます。無知の無知、いや無知の知……だったかな、いや無知の無知……、わかんなくなりました。

 それはさておき、最大の欠点は『東大合格への世界史』と同じで、問題そのものが読めてないことです。問題をシッカリ読まなかったら、どれだけ指定語句をつないで文章をつくっても解答にはならないのです。
 これでは合格は危ないなあ、という「模範」解答がならんでいます。とくに指定語句だけで問題を解こうとしたら、どういうワナにはまるかを明快に示した「模範」答案です。指定語句は問題の従であり主ではないのです。

 たとえば、今年(2006)の問題「戦争を助長したり、あるいは戦争を抑制したりする傾向が、三十年戦争、フランス革命戦争、第一次世界大戦という三つの時期にどのように現れたのか」の解答が以下のものですが、この答案を見て、どれが助長であり、どれが抑制なのか分かりますか?

三十年戦争は、宗教改革から続くドイツ国内の宗教戦争だったが、諸外国の軍事介入を招き国際戦争になり、講和条約のウェストファリア条約は世界初の国際条約となった。このとき一方に被害をうけた民衆の惨状を見て、グロティウスは、戦争に規制をもとめる国際法の必要性を『戦争と平和の法』で唱えた。一八世紀のフランス革命で、民衆は国民意識を高め、ジャコバン政権が徴兵制を確立した。これが国民主義としてのナショナリズムだ。さらにナポレオン戦争で自由と国民意識をもったドイツ・イタリア民衆も、国民レベルで祖国統一運動を展開した。さらに政府も、弾圧するだけではなく、民衆の国民意識を挙国一致のために利用するようになった。第一次世界大戦は、まさに国民全員を労働力として動員する総力戦となり、国民生活を破壊しつくした。この惨状に、ロシア革命の指導者レーニンは、平和に関する布告で無併合・無賠償・民族自決の原則による平和を訴え、さらにアメリカ大統領ウィルソンが十四カ条の平和原則を発表して、国際平和機関の設置を提唱した。こうして戦後には国際連盟が設置され、協調外交による国際平和が目指された。
(この問題にたいするわたしのコメントはこちら)

 前年(2005)の問題は、「第二次世界大戦中に生じた出来事が、いかなる形で一九五〇(元の問題ではアラビア数字で、1950──中谷の注)年代までの世界のありかたに影響を与えたのか」でしたが、以下の解答で第二次世界大戦中のできごとがどれだけ書いてあり、それが戦後の出来事にリンク(影響)しているか、まず第二次世界大戦中の出来事に下線を引きなさい。

第二次世界大戦中ローズヴェルト米大統領とチャーチル英首相は大西洋憲章で平和構想を発表し、ソ連も賛成した。一九四五年国際連合が成立したが、ソ連に疑念を抱いたトルーマン米大統領がソ連封じ込めを宣言したことで冷戦が始まった。中国では内戦が始まり、共産党が勝利して中華人民共和国が成立し、国民党は台湾に亡命して中華民国を建てた。独立を約束されていた朝鮮も、金日成の北朝鮮と李承晩の韓国に分裂した。日本では日本国憲法の制定など民主化がすすめられ、朝鮮戦争勃発後サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約で西側陣営に組み込まれた。もう一つの敗戦国ドイツは、米国に対抗したソ連によるベルリン封鎖で西ドイツと東ドイツに分裂した。しかし仏独の対立が大戦を引き起こしたことの反省から、西欧六か国によるEECが結成され、今日のEUの基礎になった。しかし今日も世界を不安定にしている問題にパレスチナ問題がある。ナチス政権によるアウシュヴィッツ虐殺が始まるとユダヤ人移民の流入が激増して、地元のアラブ人と対立した。国連はユダヤ人のイスラエル建国を承認したが、アラブ諸国は反発して中東戦争が始まり、パレスチナ難民も生まれた。今日も中東政情を不安定にしている。

 第二次世界大戦の出来事はほとんど指定語句(大西洋憲章、アウシュヴィッツ)だけです。後は戦後史ばかり書いています。これでは解答にならない。20点満点で2点くらいにしかならない。「仏独の対立」のまちがいについては、こちら→

 どの年代の解答を見ても、問題そのものが読めてないので、これ以上はごじぶんで判断してください。ただ買った受験生は、たぶんこれと同じ答案を書いているはずだから、批判的に見る目を養うために、よき添削材料として見つめ直せば払ったお金も救われましょう。ブログのプロフィールには、[哲学の基本は「常識を疑え」……歴史学でも、常識を疑う哲学を実践中。]とあるので、受験生は大いに疑ってみるといい。
 東大出身ということで幻覚状態なのかも。「東大」のくせにこの程度か、といわれることを気にしたことはないのか? ことばをつなぐだけの子供の作文じゃあるまいし、こんなものさえ「出版」となるのは、日本のお寒い「教養」様相です。
 
 ここまで書いてきて、もしかして、本になった以上、ブログに書いてないこと、いろいろ含蓄のあることをお書きになっているかも、とかすかな希望をいだいて買ってみることにしました。批評するものが買っていない、読んでいないのは失礼であろうと考えてです。しかし買わなきゃよかった。レストランでも料亭でも、出てきた茶なり突き出しでも、とっぱじめに口にいれたものがまずかったら、後は期待できないのと同じでした。ブログで充分まずさは現われていて、いまさら……です。
 受験生のためでなく、自分の「教養」をひけらかしたいために書いたと、わたしが邪推するのは、本文も問題も解答もすべて縦書きになっているからです。東大の問題は問題も解答用紙も横書きです。用紙にはわざわざ「横書きで使用すること」と但し書きさえしてあります。もし縦書きだと、数字などマス目の埋め方もちがってきます。下線のはずが縦の線を引かなくてはならない。「受験」の現場とはかけ離れた架空の産物です、これは。
 ブログにはないものとして、問題とキーワード解説の後にえんえんと「歴史の勉強」というこの本のメインの部分があり、この部分が著者の「教養」らしい。まえおきには、この「歴史の勉強」について、「教科書で習ったこととは異なる見方をすることで、これまでとは異なる歴史像を発見して、歴史で常識を疑う楽しさを感じてほしい」と期待をふくらませるようなことが書いてあります。しかしこの部分を読んで、その文章のつまらなさは、ちょっと例がないくらいです。似たものとしては、模試の問題解説、赤本や青本(東大を除く)、『ナビゲーター』などの解説文です。教科書に書いてあることを、少し詳しめに説明しているだけで、いったいどこに教養らしいものがあるのかサッパリ分からない。内容はほとんど教科書のままで、どのあたりが「異なる見方」なのか発見できませんでした。
 教養があれば東大世界史はかんたんだよ、ということをどうやら言いたいらしい。しかし問題が読めず(問題の分析がまったくないことでも、それは表れています)、解答は学生並みにまちがっていて、自分の狭い「教養」を読ませて、いったいどんな武器を学生にもたせたことになるのか? 「通り一偏の雑学」程度のものです。立ち読みしたらわかるでしょう。
 受験生を馬鹿にしてはいけない。わたしにきたメールには、うちの高校の担任は分からないとWikipediaを紹介するだけで、Wikipediaでは分からない、それで質問……と。この参考書の教養はWikipedia以下なのに、その「井の中の蛙」的狭さがわかっていないようです。「教養」をいうなら、松岡の「千夜千冊」の中から世界史にでてくる本の評を1ページでも読んだ方がまだましです。松岡に失礼か。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/toc.html

 それに題名にあるように、入試は「遊び」じゃないよ。namennayo。東大力をつけなくてはならないのはだれなのか? あっ、わたしも感染したようです……東大力なんて。

 他者の批判ばかりで自分の解答を出してないではないか、という方に、わたしの解答は出しています。→こちら