2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧
『段階式 世界史論述のトレーニング』Z会 2004年8月1日改訂版 これは旧版の『Z会 世界史論述のトレーニング』増進会出版社 2000年4月1日の新版として出版されています。問題とそれにともない解答・解説もちがっています。ただ旧版の欠点をそのままひきずっ…
1997-1(p.141) ●列強に半植民地化された清では、孫文の三民主義が華僑や民族資本家に広まり、辛亥革命が勃発、中華民国が成立し清は滅亡した。これを機に外モンゴルはソ連の影響下で独立し、……ロシアも革命で崩壊しフィンランド・バルト三国・ポーランドなど…
○ 長所 1)2012年から1989年までの24年分全問と、簡単なポイント、解説的な視点、そして解答例です。問題が付録のように付いていてます。つまり問題をかの赤本同様に25年分網羅している点は、それに付随した解説・解答例がなんであれ、倉庫のような価値はあ…
『東大のディープな世界史』中経出版 この参考書はすべて縦書きにしていますが、なぜそうしたのか理由が書いてありません。東大のじっさいの問題文は横書きですし、解答用紙も横書きです。 それだけでなく段落分けをよく使っていますが、これは要らないこと…
一橋合格者に答案を再現してもらいました。 第1問 三圃制普及など農業技術の革新や西欧封建社会の安定を背景に西欧で人口が増加、また十字軍の進展やヴェネツィアなど北イタリア諸都市による地中海交易の活発化を背景に、12世紀以降、ドイツ人による東方殖…
一橋過去問の内容一覧 年度 (字数) ○1977 1 アレクサンドリアの自然科学者、バグダード・カイロ、ヴェネツィア、2 大陸横断鉄道の影響 3 啓蒙思想 4 英国の恐慌対策 5 中ソ関係史 6 東南アジアの宗教と王朝 ○1978 1 スペイン史 2 東欧・ロシアの遅れ 3 大…
第1問 次の図は、グリム兄弟の『ドイツ伝説集』に収められている有名な昔話「ハーメルンの子供たち」に登場する「笛吹き男」の絵である。この絵に関する下の文章を読み、問いに答えなさい。 (出典:阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』) 1284年のこと、ハーメル…
1】 フランク王オットー1世(在位936~973年)の皇帝戴冠は,中世ヨーロッパ世界に一つの転機をもたらしたといわれる。彼は,10世紀半ばのイタリア情勢に対応してアルプスを越えて南下し,962年2月にローマで皇帝としての冠を受けた。このとき地中海の周辺に…
第1問 1598年のナントの勅令(王令)の公布は、16世紀後半のフランスで30年間以上にわたって続いていた長い戦乱を終結させた出来事として有名である。では、この勅令(王令)に至るまでの経緯はどのようなものであったのか、またその目的は何であったのかを、当…
第1問 次の文章は、フス戦争の直前に、フス派(フシーテン)によって作成された「プラハの4ヵ条」の一部である。この文章を読んで、問いに答えなさい。 チェコの共同体と、神のもとに忠実なキリスト教徒たちは、……主イエス・キリストによって新約聖書のなかで…
第1問 次の文章を読んで、問いに答えなさい。 「政治的主権者は、もしキリスト教徒であれば、かれ自身の領土における教会の首長である。キリスト教徒たる主権者たちにおける、政治的権利と教会的権利との、この統合から、政治と宗教との双方における人びとの…
第1問 次の文章を読んで、問いに答えなさい。 カール大帝の帝国は、イスラムによってヨーロッパの均衡が崩壊したことの総決算だった。この帝国が実現しえた理由は、一方では、東方世界と西方世界の分離が教皇の権威を西ヨーロッパに限定してしまったことであ…
第1問 西ヨーロッパでは11,12世紀の経済発展により、遠隔地商業が盛んに行なわれるようになった。13世紀から17世紀初めのハンザ同盟の活動について、担い手、地域、交易品、そして衰退の理由に触れつつ、同時代の東方(レヴァント)貿易と対比して論じなさい。…
【1】 カール大帝とその後継者ルートヴィヒ1世の死後、フランク王国は分裂の道を歩んだ。その過程で東西王国のいずれにおいてもカロリング家の血統に属さない国王が現れ、新しい独自の王国が形成された。王国は後にさらに発展し、西欧中世世界の中心となっ…
【1】 中世後期のヨーロッパ大陸諸国において、君主によって設けられ、招集される議会が生まれた。フランスの三部会、ドイツの等族議会が良く知られているが、その他にスペインのコルテス、ポーランドのセイムなどがあり、諸身分や団体の代表が出席した。こ…
【1】 宗教改革は、ルターにより神学上の議論として始められたが、その影響は広範囲に及び、近代ヨーロッパ世界の形成に大きな役割を果たした。ドイツとイギリスそれぞれにおける宗教改革の経緯を比較し、その政治的帰結について述べなさい。その際、下記の…
【1】 15世紀イタリア社会の動向は、オスマントルコの小アジア、バルカン地方への進出と深く関係していた。トルコ勢力の攻勢の前に領土縮小を余儀なくされたビザンツ皇帝が自ら西欧に赴き、援軍の要請を行ってイタリア社会に大きな影響を与えたし、この時期…
【1】 次の文章を読んで、下記の問題に答えなさい。 ウルバヌス2世が十字軍の必要性を訴えて聴衆の熱狂的な支持をうけたのは、クレルモン公会議でのことである。この演説は閉会式で行われたといわれるから、もともとこの会議の主題は十字軍ではなかった。参…
【1】10世紀後半から11世紀にかけて、地中海世界は大きな歴史の転換期を迎えていた。キリスト教世界は拡大し、ローマ皇帝位をめぐる政治交渉も見られた。「ヨーロッパ世界の形成」という観点から当時の事情について述べ、その政治的・宗教的背景について説明…
【1】 ハプスブルク家は1438年から神聖ローマ帝国の皇帝位を世襲したが、その絶頂をむかえた16世紀にスペイン系とオーストリア系にわかれた。後者はいわゆる「ドナウ帝国」として東ヨーロッパヘその支配領域を拡大していくが、その契機はモハーチの戦い(152…
【1】 8世紀後半から11世紀にかけて、ノルマン人の活動はヨーロッパ全体に大きな影響を及ぼしたが、とりわけイングランド初期の歴史には密接な関わりを持っている。9世紀初めから11世紀までのイングランドの王朝の変遷を、次の語句を用いて説明するとともに…
【1】 つぎのグラフは、イギリス(イングランドおよびウェールズ)とドイツの人口の歴史的変化の推計値を表にしたものである。両国の人口変動を比較して、下記の問いに答えなさい。 問1 両国の人口変動で最大の違いは何か、またこの違いが生じたのは、両国の…
【1】 キリスト教は、4世紀末にローマ帝国の国教となることで、その後のヨーロッパの 歴史に多大な影響を及ぼした。しかし、その現実は決して単純なものではなかった。教会そのものが完成された組織とは言い難く、その分裂の事態は帝国支配のはらむ政治問題…
【1】 中世から近代にいたる西ヨーロッパの人口を正確にとらえることは困難であり、ど うしても推計に頼らざるをえないが、歴史家による推計値はかならずしも一定していない。また、人口変動は当然ながら国や地域によって相異なった傾向を示す。とはいえ、長…
【1】 ドイツを舞台とする宗教戦争としてはじまった三十年戦争は、ドイツに政治的利害 と領土的野心をもつフランスとスウェーデンなどの介入をまねき、多数のヨーロッパ諸国が関与する戦争となった。また、その講和会議はヨーロッパ最初の国際会議とされる。…
【1】 次の史料は、神聖ローマ帝国内の都市ゴスラーの1219年の都市法第2条に記されているものである。この史料を読んで、下記の2問に答えよ。もしあるよそ者がこの都市に居住のためにやって来て、そこで一年と一日滞在する間、その者の隷属身分について訴え…
【1】 教皇権が絶頂に達したのは、第4回十字軍をおこした教皇の時代といわれる。この教皇は東方だけでなく、ヨーロッパの内部にも十字軍を送っている。いわゆる異端討伐の十字軍である。これは、宗教と政治の双方においてともに重大な歴史的結果を生み出した…
【1】 西ローマ皇帝アウグストゥルスがゲルマン人傭兵隊長オドアケルに廃位されて以後 、八世紀半ばに至るまで、旧ローマ帝国領だった地中海地域には民族の移動を含む大きな政治的変化が生じた。これらの変化を、次の三つの人名を用いて説明せよ(400字)。 …
【1】 次の文章を読んで、下記の問いに答えよ。 中世のキリスト教的ヨーロッパ世界は、およそ500年の間に三度にわたるアジア系非キリスト教諸民族の侵入を経験した。9-10世紀にかけてのマジャールの間断ない侵入、13世紀なかばにおける突風のようなモンゴル…
【1】 次の文章を読んで、下記の問いに答えよ。 聖フランチェスコを理解する鍵は、個人としてだけでなく、類としての人間がもつべき謙遜の徳に対する信念である。聖フランチェスコは人間が被造物に対して専制君主として振舞うことを拒否し、神のすべての被造…