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世界史教室

大学受験生のための世界史問題解説

過去問センターワンフレーズ論述参考書疑問

一橋世界史2000

過去問 -一橋大学

【1】
 ハプスブルク家は1438年から神聖ローマ帝国の皇帝位を世襲したが、その絶頂をむかえた16世紀にスペイン系とオーストリア系にわかれた。後者はいわゆる「ドナウ帝国」として東ヨーロッパヘその支配領域を拡大していくが、その契機はモハーチの戦い(1526年)の後にチェコとハンガリーの王位を継承したことにあった。以上の点をふまえ、その後の領域拡大と支配強化の経緯について次の語句を用いて説明しなさい。なお使用した語句には下線を引いて明示すること。
 (例 ウィーン)(400字以内)

 ウィーン包囲  三十年戦争  カルロヴィツ条約  ポーランド分割
 
 (この問題は『世界史論述練習帳new』p.33に解説・解答例を掲載)

【2】
 次の文章は、アメリカ合衆国のジミー・カーター大統領が1977年5月22日におこなった演説の一部です。これを読んで、下記の問1、問2に答えなさい。

 わが国の未来が揺るぎないことを確信しているゆえに、現在われわれは共産主義に対して過度の恐怖を抱いていない。かつてはその恐れのために、独裁者であっても、われわれと同じ恐れを抱いている者とは手を結ばざるをえなかったのである。あまりにも長い年月、われわれはみずから敵対者の不完全で誤った原則や戦術を取り入れようと努め、ときには彼らの価値観を受け入れて自分自身の価値観を放棄した。われわれは火と戦うのに火をもってし、火は水をもって消す方が良いことに気がつかなかった。
 このような方策は失敗に終わった。知性と道義心に欠けたその方策がもたらした最悪のものがヴェトナム戦争であった。しかし失敗を通じてわれわれは今や自分自身の原則と価値観に立ち帰る道を見いだし、失った自信を取り戻したのである。 (有賀 貞 訳)

問1 この演説の背景となったアメリカ合衆国のヴェトナム戦争介入の歴史(1954~75年)について、その原因と結果を具体的に述べなさい。(200字以内)

問2 ヴェトナム戦争介入がアメリカ合衆国の社会と対外関係に与えた影響を具体的に述べなさい。(200字以内)
  
(この問題は『世界史論述練習帳 new』にもコメント)

【3】
A 次の文章を読んで、問1、問2に答えなさい。
 15世紀末に始まるヨーロッパ諸国のアジアヘの進出は、主役とその形態を変化させながら、今日に及んでいる。初期の段階について考えると、彼らのアジア進出の目的は、当時のヨーロッパにおいて珍重されたアジアの物産を入手することにあった。
この時期、彼らはアジアの物産を買い、それをヨーロッパ市場で売りさばいて利益をあげたばかりではなく、アジア内の貿易にも参加して、大きな利益を得ていた

問1 下線部分をよく読んで、16世紀から18世紀中頃にかけて、ヨーロッパ諸国はアジアの物産を買い付けるための貨幣をどのように得ていたのかを、金銀の産地や経由地を明示しつつ、説明しなさい。(65字以内)

問2 18世紀後半になると、ヨーロッパのある国を軸にして、アジアにおける交易に新たな形態が生じた。その新たな形態とはいかなるものであったのかを説明しなさい。(135字以内)

B 次の文章を読んで、問3に答えなさい。
 ヨーロッバ諸国のアジア進出は各地で戦争をひきおこすことにもなった。
 19世紀前半にイギリスが当時の中国、清とのあいだにひきおこした戦争では、清にとっての不平等条約の先駆けとなる条約が結ばれ、ある場所がイギリスに割譲され、植民地とされることになった。

問3 割譲された地名をあけ、その植民地としての発端から現在までの歴史を、関連する戦争名・終結条約名、中国や日本との関係にも言及しながら記述しなさい。(200字以内)
  (この問題は『世界史論述練習帳new』資料編にも掲載)


コメント 2000
【1】
 いつもの「流れ」の問題である。「モハーチの戦い(1526年)の後にチェコとハンガリーの王位を継承した……その後の領域拡大と支配強化の経緯について次の語句を用いて説明しなさい」。この問題の欠点はいつまで書くのかが判らないことである。「拡大と強化」が止まるまでとすると、それはいつなのか? 指定語句は18世紀末の分割をあげているので、少なくとも18世紀末までは確かだ。しかし19世紀はどうか? オーストリア=ハンガリー二重帝国はむしろ縮小といっていいから、ウィーン体制くらいまでか? この大学はハッキリしないことが過去にもあるので、適当に決断しておかなくてはならない。一応問題を正直にとって「拡大と強化」が確認できるところまで、基本的にはウィーン体制までとしておこう。もうひとつ、プロイセンとの比較で、「拡大と強化」とは反対のことを書いてしまいやすい(たいていの予備校の解答がそう)が、ここは踏んばって「拡大と強化」に集中したい。オーストリア「よいしょッ」問題ととらえておく。問題はそれを要求しているのであって、なんでもかんでも書けとは言っていないのだから。
【2】
問1
 これは東京大学の過去問を思いださせる(朝鮮戦争とヴェトナム戦争の原因・国際的影響・結果について、両者を比較しながら18行以内で記述せよ。1987年度)。過程「流れ」を書くのでなく「原因と結果」という要求だ。
 東大とちがい比較が要らない分やさしい。「原因は……。結果は……。」と説明すればいいのだ。ただ、ヴェトナム戦争はいつからはじまったとするかが定説がない。教科書では北爆をもってヴェトナム戦争の開始にしているが、先の東大の問題は1960年からにしている。どこまでが原因なのか、これも第1問とおなじくいつまで書けばいいのか不明だ。結果は明らかだが。安全策として北爆までの「過程」が原因(?)として書いていいだろうか。と考えるとなにかおかしい。
 この問題は「介入の歴史(1954~75年)」と書いているが、この21年間の経過を要求してない。むしろなぜこんなにも長く介入してしまったのか、というカーターの反省演説にも該当することがらをあげるべきなのだ。予備校の解答は経過に終始している。なぜ?
問2 「社会と対外関係」に与えた「影響を具体的に」という要求。教科書には十分書いてある。対内の社会には反戦運動、公民権運動、財政破綻、ドラッグの普及なんて書いてないか。わたしが「対策」で勧めた教科書『詳解世界史』(三省堂)には詳しい影響の説明がのっています。対外的には、金ドル交換停止、アメリカの威信の喪失、中国・ソ連との関係修復、デタント(緊張緩和)へ。
【3】
A 問1 「産地や経由地」を明示せよが課題。
  問2 「18世紀後半……新たな形態」は三角貿易。かんたんそうで、まちがいなく書ける学生は意外と少ない。なぜ三角貿易なのかの理由が、つまりイギリスの機械製綿布がなぜ中国では売れなかったのか理由がわからないためです。
B 問3 香港史。流れの問題です。「戦争名・終結条約名」をかならず書き、「中国や日本との関係にも」という要求が書けるかどうか。とくに日本となんの関係か?

(わたしの解答例)
【1】
             (君の答え)
【2】

             (君の答え)
【3】
A
問1 日本銀をマカオ・台湾経由で得た。墨銀はセビリア港やアカプルコ港、マニラ経由で得た。南ドイツの銀は喜望峰・インド経由で得ていた。
問2 イギリスはインドの工業を破壊しつつランカシャー綿をインドに売りつけ、中国市場にも期待したが南京木綿の抵抗にあったため売れなかった。しかし飲茶風習の広がったイギリスは中国茶を欲しており、そのための赤字を解消するため、インドのアヘンを中国に密輸し茶も銀もえた。
B
問3 香港島。アヘン戦争で清朝が敗北し南京条約でイギリスに割譲された。アロー戦争後の北京条約で北の九竜半島南端が、世紀末にはその北部と島の周辺にある島々が割譲された。太平洋戦争中に日本に占領されて軍政がしかれたが、戦後はイギリスに返還された。84年に中華人民共和国への返還協定が結ばれ、97年に返還が実現した。50年間は現状の変更はしないとの約束のもと一国二制度がおこなわれている。